ヘーゲルに学ぶ

アクセスカウンタ

zoom RSS 実存主義の歴史(5)

<<   作成日時 : 2017/04/22 14:01   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 後期ハイデガーにおいては、現存在の時間性を地平にして存在一般の意味を解明しようという試みは放棄され、逆に根源的時間は自ら明らめつつ隠れる存在の生起に帰せられ、この存在の生起より現存在が見返されている。現存在の開示性は存在が人間に向かって自らを開く関係の場として存在の光となり、存在了解は現存在の投企に基づくより前に、存在によって生起し、存在に属するものとして、ひたすら自己を放下して存在の明るみに立って存在の呼びかけに聴従し、語られざる存在の言葉を語り出す存在の思索として捉えられるのである。現存在の事実性、すなわち現存在はその存在においてすでに存在に引き渡されているという現存在の被投性の自覚の深化が、この思索の転回をもたらしたのである。このとき当然彼の形而上学批判そして近代哲学批判を支える立場も転回せざるを得ない。そして晩年の彼の存在論究は、専らこの哲学史の解釈として遂行されているのである。
 およそ存在の思索が存在者より存在への論定方向を転回するものであるとき、それはすでに存在者の存在を越えて存在そのものをその真理において見守るものとして、形而上学の基礎づけを越えて形而上学の克服を遂行するものと言える。また、現存在の時間性が人間に向かって自らを贈与する存在の生起として見返される時、歴史は自己の存在可能を将来せしめる現存在の投企に基づくよりは、存在の運命に基づくものとして、いわば存在の歴史とならざるを得ない。ここに彼は世界歴史の根拠に形而上学の歴史を捉え、しかもこの形而上学の歴史をさらに存在の歴史から自覚するのである。彼は伝統的形而上学の存在忘却をもって何ら思惟の怠慢や欠陥を意味するものではないと述べている。
 ハイデガーによると、近代は世界像の時代である。それは近代においてはあらゆる存在者が強制的に表象に関係づけられ、表象されたものとして、この関係の中に立って尺度を当てられ、それぞれに配置されることによって、全体における存在者としての世界が像として把握されているからである。表象とは、己からあるものを己の眼前に立て、そして立てられたものをこのように立てられたものとして確実に立てることである。あるいは、表象とは存在者の客体としての呈現を再現するという仕方で、自らを呈現することである。そして、この確実に立てるとか、客体を主体に呈現するという仕方で客体を再現するという在り方の内に、あらゆる存在者の関係中心として立つ近代における人間の主体としての在り方を見出している。すなわち、人間が存在者を客体として立てることの出来るのは、自己を主体として立てる限りであれば、表象は自己意識によって支えられ、主体の客体への表象関係は、すでに主体の自己への表象的関係なのである。そして主体の主体性は、まことには主客関係それ自身に他ならないのであり、これによって存在者は客体として、その存在は被表象性、対象性として、主体の表象の内に確保されるのである。
 ところでこの時、この存在者をその底にあって確保する表象、いわば自己意識によって裏付けられた対象意識は、存在者を先行的に確保された領域の中で、己に対置された対象的なものとして支配的に捕捉把握するものとして、存在者の存在を意志において思惟するものと言わなければならない。ここに近代哲学の根底には一種の主意主義が存していると言い得るのである。もとより、この意志は決して知情意における心的能力としての意志を意味するものではない。彼は、近代哲学も主体性の形而上学として存在忘却の歴史に立ち、したがってこの意志の本質には少しも思いを凝らさないのであるが、しかしこの意志は、その本質において、人間にこのように意志すべく意志する原存在であると説いている。ここに彼の存在史的立場が示されるのである。
 それならば、近代哲学において真理は本来的にいかに把握されているのであろうか。ハイデガーは存在史的にヨーロッパ形而上学の真理把握を三段階に大別して辿っている。第一段階は、ギリシアの原初的思惟におけるものであり、そこでは真理は存在者がその存在の明るみの中に隠蔽されることなく露呈されている。いわばト・オンの二重性の開示である。ハイデガーは、これを非隠蔽性としての真理、また生起としての真理と呼んでいる。第二段階は、プラトン、アリストテレスに始まり、中世を通して近代に至るヨーロッパ形而上学の伝統的思惟におけるものであり、ここでは真理が事物と知性の合致を意味し、この真理の論定は主語述語関係の論理学に依拠しているために、ハイデガーは命題の真理と呼んでいる。また、この段階の真理は、原初的生起としての存在の真理の忘却に基づきつつ、ただこれを前提にして成立する開示された存在者の方へ正しく向かう事態を指示するものとして、方正性の真理とも言っている。第三段階がデカルト以来の近代哲学、主体性の形而上学における真理把握である。彼はこれを確実性に見出している。近代においては真理は表象する自己と表象される全ての存在者とを共に表象の中で結びつけて、換言すれば己の主体的存在性と、これに相関する対象的存在性とを共に確保する主体の主体性の根本確実性を意味するというのである。かつての事物と知性の合致としての真理把握にも表象の契機は入っている。その限りで近代哲学の真理概念も伝統的形而上学の方正性としての真理把握の圏内にある。しかし、かつてにあって、プラトン、アリストテレスなどにとっては、なお方正性としての真理は非隠蔽性としてのギリシアの原初的真理の根本体験を前提として、これに裏付けられ、また中世スコラ哲学にあっては、その神学的秩序に基づいて、事物は神の被造物であり、知性は本来的に神の知性として、そこに事物と知性との合致は、このアナロギア・エンティスの中で保証されていた。ところで、近代における人間の解放は、この調和を破ったのであり、そこで近代においては事物は意識されたもの、知性は意識として、この合致が自己意識での両者の結合を意味することとなり、ここに自己意識の根本確実性が真理となるのである。
 近代哲学の中には主観主義と客観主義、観念論と実在論との対立があり、自らの立場を反形而上学として標榜するものも存する。ことに、19世紀そしてヘーゲル歿後において著しい自然科学の発達と相俟って実証主義的自然主義的傾向が哲学思潮を風靡した。しかし、およそ哲学が存在するものの本質に対する自覚であり、真理の本質についての決定である限り、反省の有無を問わず、一定の存在了解を遂行しているのであり、この限り形而上学をたとえ放棄し、否定したと主張したとしても、なお依然として一定の形而上学的思惟の地平に立って、これを前提にしていると言える。ハイデガーはこのような立場に立って、近代哲学を全て主体性の形而上学の系譜において把握し、そこに上に示した諸特質が一貫して支配していることを指摘するのである。例えば、ディルタイらに始まる生の哲学、世界観学、人間学の傾向、また新カント派らの価値哲学、文化哲学の傾向も、世界を人間の体験の対象として把握している限り、そこには近代的表象が支配しているのである。マルクス主義やプラグマティズムにしても、前者が例えばあらゆる存在者を主体的人間の無制約的対象化としての労働の原料と見なしたり、資本主義社会を価値の表象の下に経済法則化せんとする限り、あるいは後者が知性を存在者を支配する道具とし、真理を主体の行動との関連で価値化する限り、その形而上学的根拠は優れて近代的なものであると言うのである。
 ハイデガーはデカルト哲学に近代形而上学の開始を見ると共に、西洋形而上学の完成の開始を見ている。それは明らかに近代形而上学を支配する表象の立場、換言すれば、呈現する対象には本質的にこれを再現する主体が結合していることを自覚する自己意識の根本確実性を、デカルトが「われ思う、われ在り」として自覚にもたらしたからであり、これによってプラトンが存在者の存在をエイドスないしイデア(見られたもの)として見出して以来、すでに西洋形而上学の中に前提されていたものが露呈されるに至ったからである。こうして、デカルトによって決定された近代形而上学的根本態度をドイツ的思惟に移し入れたのがライプニッツである。ハイデガーは、カントを経てヘーゲルに至るドイツ的思惟の特色を、デカルトのようにエゴすなわち有限的実体としての主体から展開するのではなく、ライプニッツのようにモナドから、あるいはカントのように構想力に根差す有限的理性の超越論的本質から、或いはフィヒテのように無限的自我から、そしてヘーゲルのように絶対知としての精神から展開しているところに存すると述べている。すなわち、デカルトは表象の立場を自覚にもたらしたが、彼はこの表象の知的方向への展開に意を用いて、根拠への洞察に達していない。そしてこの表象の根底に原存在の意志的性格を自覚し、これによって世界を観念論的目的論的能動的根拠より展開するという仕方でデカルトに始まる近代形而上学を徹底したのがライプニッツであり、彼に始まるドイツ哲学体系であると言うのである。最後はヘーゲルに始まり、シェリングを経てニーチェに至る系譜である。ヘーゲルはその『哲学史講義』においてデカルトによって新しき世界の哲学が開始されたと説き、この時代の哲学原理が自己意識であることを述べているところにもうかがわれるように、彼の哲学が自己意識を根本とすることは彼自ら自覚するところである。そしてこの絶対的基礎としての自己意識の知の自己確実性に無制約性を与えた者こそ、絶対者は主体であると説く、彼の学の立場に他ならない。ここに近代形而上学はその行き着くところまで行き着いたのである。しかし、なお彼においては近代形而上学の根底に潜む原存在としての意志が意志として露わに自覚されていない。知の無制約的自己確実性としての絶対者の臨現の背後に隠されている。ここにハイデガーは、近代形而上学の完成、したがって西洋形而上学の完結は、ヘーゲルの絶対知の形而上学をもって始まると述べ、これを真に完成し完結させるものとしてシェリングよりニーチェの系譜を位置づけるのである。すなわちシェリングは、アリストテレスのエネルゲイア以来西洋形而上学にあって何か自明のものとされてきた現実性を、ヘーゲルの論理学を徹底して根拠と実存の区別より思惟して、そこに存在の現実存在の根拠に意志を見出し、これによって原存在を以て底知れぬ深淵と捉えた。ここにライプニッツがモナドにおいて思惟し、カント、フィヒテが理性的意志で思惟し、ヘーゲルが精神において思惟した存在者の存在が明らかに表現されるに至るのである。そしてこのシェリングが古典的に剔抉した近代形而上学の存在把握が、ショーペンハウアーの『意志と表象としての世界』の思索を通して、ニーチェの権力意志の形而上学の内に最高の帰結を見出すのである。すなわち、ニーチェは西洋形而上学をプラトニズムの線上で捉え、ニヒリズムをその本質において思惟することによって、従来の超感性的世界の高みに立って生を支配する形而上学的価値を転換し、豊富な生そのものに最高価値を求めることを通して、これを克服せんとした。しかし、およそ形而上学の本質が超感性的なものと感性的なものの分裂に存するとすれば、そこに形而上学的思惟の可能性は前者から出発するか、後者から出発するかの二つの可能性しかない。そして前者の可能性に立つのが従来の形而上学であるとすれば、ニーチェによる形而上学の転倒は、残された形而上学の本質可能性の遂行に他ならない。ここにハイデガーは、ニーチェ哲学をもって、その意図にも拘わらず、西洋形而上学の歴史の内部に属し、但しその最終の段階に立つものと把握するのである。そして、時間の内に生成する生に向かって存在を刻印する権力意志をもって、あらゆる存在者を永劫回帰の内に表象せんとする意志であるとして、そこに表象的思惟に立つ主体の主体性の最高の表現を見出すのである。これに伴って権力意志自らによって自己確保の条件として設定される価値は、主体の再現という仕方での呈現のうちに呈現される被表象的対象性としての近代形而上学の存在に他ならず、この価値の中に表象される等しきものの永劫回帰とは現在して持続するものとしての近代形而上学における存在者の在り方を示すものであり、したがって超人は近代を対自化するという仕方で近代のぎりぎりに立つ人間の本質を言い当てたものであると解釈するのである。

 <マルセル>
 マルセルはカトリック的実存哲学者といわれるが、フランソア・モーリヤックから、入信の誘いを受けて、洗礼を受けたのは1929年、彼が四十歳の時のことであることから分かるように、彼は主体的にカトリックを選び取ったのである。
 マルセルの哲学は、強固な主体性の確立を目指し、「私とは何であるか?」という問いを根源のものとする。主体性を確立するには本来の自己を知らねばならない。この意味で彼の哲学は、一方において、自己認識(自覚)を深める方法を問う認識論となる。同時に、主体は、単なる主体を超えた人間存在を根拠とし、それを媒介にして神と関わり、さらに他者の存在、世界存在(状況内存在)に関わる者であるから、主体性の哲学はこれらの存在について問う存在論ともなる。主体の自己認識は、これらの存在の場において生きることによって深められる。主体は人間存在の舞台において一役演ずる役者であり、人間劇に参加するペルソナ(役者の面=人格)である。これがマルセルの基本的姿勢である。哲学する者は、第三者としての傍観者の立場に立ってはならない。彼はあくまで、人間と共に苦悩し、怒り、喜ぶ者でなくてはならない。このようにして形成されるマルセルの哲学は人格的存在論、人格的認識論である。
 もともとフランスには、具体的体験に即して思考するモラリストの伝統があり、マルセルもこの精神を受け継いでいるといえよう。彼の尊重する体験とは、それを通して、人間の生の深奧に触れ、魂を底からゆり動かし、生き方に大転回をもたらすような体験、いわば試練ともいうべき体験である。自己の魂を揺るがすような体験は、単なる自己を超えた人間性の本質、他者、世界との関わりにおけるものであろう。とすれば、自己の体験を尊重することは、同時に自己を超えたものとの関わりを意識することである。生きた体験は、私の体験であるが、この私の体験は人間の本質と密着した高度の体験である。私の体験を掘り下げることによって、人間性の普遍的本質を発見するよう努力し、創造的解釈を続けなくてはならない。そのためには、もはや心情の直感に安らうことは出来ない。体験の奧底にあるもの、その根源において動いているものは、理性的反省力によってのみ認識されるのではないか。高度の主体性を確立する実存は、普遍的理性によって濾過され、個人主義の不純物を除かなくてはならないのである。
 このように人間の普遍的本質、価値を反省する理性の意義を積極的に認めるマルセルは、ドイツ観念論に影響されたが、やがてシェリングの積極哲学に近づいていく。
 ところで本質をつかむには、認識する視点を決めねばならない。人間理性は単なる個人的体験を超えた普遍的な本質をつかむといっても、あらゆる制約から自由になって、全てのことを一望の下に見下ろせる展望台に立つことはできないのである。したがって、理性の産物としての思想は、ある視点に制約された部分的相対性を負うものとなる。思想とは、思考の対象の一面に光をあて、その面を抽象することによって形成されるものである。一定の思想を持つことは、対象を分割して認識することである。具体的にはそれに感情、権力欲、利欲がからみつくから、思想には幾重にも制約が絡みついてくる。しかしこの制約は理性的思考が一度は通らなくてはならない過程である。この思考を第一の反省と呼ぼう。第一の反省は、それが相対性の制約を負うていることを自覚していない。だから他の思想との間で争いが生じる。さらに思考は動く実在を静止の状態において考察する。それなくしては判断はできない。しかし動く実在と静止を求める思想とは、いつまでも一致できない。考えられた思想は流動する実在の前で動揺する。そしていつのまにか自己の持つ思想なり、観念を主にして、それを実在に押し付ける。それが抽象化に囚われた精神である。
 第一の反省の特色は、分割性、対立性、固定性であった。それらの点をさらに反省吟味して、それを克服し、実在の統一をを目指すのが第二の反省である。第一の反省は既成の観念にしがみつく考えられた思想である。これに対して第二の反省は流動する実在に即して思考する動的な思考法であり、未来性を孕む考える思考である。「哲学においては、体系を立てるよりも穿つことが問題であり、構成することよりも掘り下げることが中心活動である。具体的哲学は一種の危険な、永遠の軽業によってのみ作られる」。「私はここで、私の哲学体系を提示しようとは思わない。探求という語は、最も十全に哲学の本質的な歩みを示すと思われる。哲学は常に、論証的であるよりも、発見を助けるものであろう」と述べるマルセルは、実在の真理の国を遍歴する巡礼者であり、旅人である。
 マルセルは「私とは何か」という問いから出発した。私は私の実存 existence を自覚しなくてはならない。existence の ex は、出る、外に向かう、外に表明することを意味する。実存は自己の殻の中に閉じこもって孤立するのではなく、外に向かって心を開き、他者と交わり、他者から働きかけられ、これに働きかける存在である。実存の母胎は共在の場であり、他者との連関の場である。
 実存が共在の場、他者との連関性の内に生きることは、自己と他者との対立、内と外との対立を超えて、両者の各自性を認めながら、不可分に結びつけている根源の統一性の内に生きていることである。実存は他の実存と交わり、水平に自己を超えることによって、真実の主体となるが、各々の実存を実存たらしめているものは、全ての実存を超越しつつ、これを根源において統一している超越者(神)である。実存の間の水平的交わりは、超越者との垂直的交わりと重なる。実存の交わりは水平的・垂直的に二重であり、実存は二重の交わりの緊張の内に生を受けている。実存は二重の意味において自己を超えていることを自覚しなくてはならない。主体性の確立とは、間主体性を確立することに他ならない。
 実存と実存との間の開かれた交わりは、神への愛、実存相互の愛によって充実する。実存は、絶対汝としての神、隣人としての汝との間を動く実存の軌道に積極的に参与する。マルセルは交わりの場において主体性を確立するが、そこに、デカルトの「われ思う、ゆえに我あり」という孤立した自我の確証はもとより、キルケゴールのように、神の前に独り立つ実存の単独性をも克服しようとする意図が示されている。
 近世における自我の解放は、万人が狼となる人間の分裂状態を生み出した。個人主義的哲学は、結局は人々を自我中心主義に導き、人間関係を憎しみに誘う。この解決策として登場するのが、各個人に有無を言わさず外面的な力によって統一性を押し付ける全体主義である。全体主義によって、個人の分裂状態は克服されるかもしれないが、そこで強力な力を振るうのは、抽象的な普遍性である。このように、個人主義は人間の統一性を破り、全体主義は主体性を抹殺する。この袋小路を突破するのが、愛による実存の交わりである。この交わりによって、人間の分裂は克服されると共に、自発的に生ける統一性、普遍性が実現されるだろう。
 生命の共感、心情の浸透、叡知の閃き、実存の精神は愛の交わりを核心とするが、実存は精神であると共に、身体なしに実存を捉えることは出来ない。実存は単なる精神の幽霊でもなければ、単なる肉塊でもなく、心身を統一するものである。精神のみを人間の本質とする抽象的な観念論に対して、心身の統一体としての具体的な人間を追求するマルセルは、「私は私の身体である」と極言する。しかし、このことは、卑俗な唯物論のように、人間の要求を全て物質的欲望に還元し、その欲望充足にのみ人生の目的を認めるというのではなく、実存の身体性の意義を強調して観念論の抽象性を批判しているのである。私の身体は、唯一の主体的身体である。身体は唯一の人格を端的に示すものである。この点で自然科学的身体観は抽象的一般性のみを研究し、具体的な身体の唯一の主体性、人格性を見落としている。実存の具体的な在り方は、各項の相互浸透性、開放性にある。全てを透明に割り切って分解し、対立と争いをこととする第一の反省(いわゆる合理主義)から見れば、具体的実存、生ける統一体は不透明であり、神秘的でもあろう。
 マルセルの哲学は、実存相互の心身を統一する交わりを基調として展開するが、その交わりは深いものであればあるほど、現実においては狭いものになるのではないか。とすれば、人間関係の広さは非実存的なもの、没主体的なものとして拒否されてしまう。人間関係における客体的に一般的なもの、普遍的なもの(法律、制度、組織など)は、抽象的なもの、平均的なものとして、実存に対する浅いものといった面が否定的に強調されている。そうなると、政治、法律、社会、科学、技術といった一般性の強い人間活動は、どのように評価されるのであろうか。マルセルにおいては、フランス18世紀の啓蒙思想の社会哲学、ヘーゲルの客観的精神の哲学、コント以後の社会学派の思想、マルクスの社会哲学などの理解、消化が不十分であると思う。この点は実存哲学一般に潜む欠陥であろう。その点に、彼の哲学が近代化を踏まえた上での批判超克という姿勢がぼかされて、逆に中世への郷愁といった保守性に彩られる傾向もみられるのではないか。

 <サルトル>
 サルトルが1980年に死んだとき、大知識人の時代の終焉といったことが、ごく自然に語られたが、サルトルは死ぬ前から、死後のサルトルを生きていた。すなわち彼は知的、イデオロギー的に、早くも忘却されつつあった。
 わが国でサルトルの名が知られ、その仕事が本格的に紹介されるようになったのは戦後であり、50年代半ばまでは、『嘔吐』、『存在と無』を代表作とする実存主義の文学者、哲学者として知られていた。その後、68年5月までは、社会に働きかけ、社会に参加するアンガージュマンの文学の提唱者、さらには、インドシナ、アルジェリア、ベトナムなどの問題を巡る、反戦・反植民地主義運動の先頭に立つ知識人であり、かつマルクス主義を精神分析学、アメリカ的社会学によって補完、継承し、20世紀の知を集大成しようとする壮大な試み(『弁証法的理性批判』)を行う思想家として迎えられていた。大江健三郎の初期の作品はサルトルに影響を受けていたが、しかしその後、5月革命の挫折と共に、サルトルは変わる。しかも過激に変わっていく。そしてこの時期を境に、わが国では彼に対する関心が急速に薄れ、極左運動にドン・キホーテ的に関わる彼の姿が紹介されても、畢竟の大作のフローベール論『家の馬鹿息子』の出版が伝えられても、さしたる反響も見られなかった。そして彼の死と共に一つの時代が終わったと総括されておしまいになった。
 主人公はどちらも孤独な人物で、その孤独がひしひしと伝わって来るという点では似ているのだが、『嘔吐』には『マルテの手記』にはない毒があった。小説は青年ロカンタンの日記という形をとっている。時代は1932年。ロカンタンは3年前からフランスのブーヴィルという港町に暮らしている。それまでは世界のあちこちを放浪していた。彼は独りで暮らしている。ホテルに住み、食事は全てレストランだ。彼には生活の臭いがない。ときにカフェのマダムと情事をかわすが、それは恋愛ではなく、売春でもない。人との付き合いはなく、たまに「独学者」と呼んでいる人物と言葉を交わすが、それはコミュニケーションと言えるものではない。
 彼は当然のごとく独身である。家族がどこかに居るのかもしれないが、その気配はない。そもそも彼は結婚を馬鹿にし、子供をつくる連中を軽蔑している。家族の絆なるものに嫌悪を覚えている。
 彼が唯一人大事にして、優しい気持ちで思い出すのは、かつての恋人アニーである。なぜ二人が別れることになったのかは明らかではないが、ロカンタンは彼女との再会を期待している。アニーはロカンタンにとって唯一人の他者と言っていい存在である。
 ロカンタンにはまた社会との絆がない。彼には職がなく社会的ステータスというものがない。ただ、なぜか、かなりの額(30万フラン)の財産があって、そこから毎月送られてくる1200フランのお金で暮らしている。彼は利子生活者なのである。そして僅かながら税金は払っている。お金だけが彼を社会に結び付けているとも言える。
 ブーヴィルの街で彼は何をしているのか。彼は18世紀の実在の人物、ロルボン侯爵についての本を書こうとしている。少なくとも10年前からこの研究に従事している。その意味では、彼は歴史家である。しかし、それは何らかの資格を得るためのものではないようだ。大学や研究機関との関わりを持っている様子もない。研究は全く個人的な関心から出発している。
 物語は、ロカンタンがものに触れたときに覚える不快感から始まる。何か自分の中に変化が生じたことに気づいて、あまり遅くならないうちに自分の内部をはっきり見ておきたいと思って日記をつけ始める。やがて彼は至る所でこの不快感、吐き気に捉えられるようになる。そしてそれが自分の存在の仕方と関りがあることに気づく。ある日、マロニエの木の根を前にして、決定的な啓示を受ける。あらゆるものが、人間が、全て不条理であり無根拠であり偶然の産物であること、何の意味もなく実存していること、吐き気とはこうした実存を前にした時の意識の反応であることを理解する。吐き気の到来と並行して、彼はロルボン侯爵についての研究が出来なくなる。アニーとの再会はすれ違いに終わった。今後どうやって生きて行ったらよいのか、ロカンタンは途方に暮れる。一筋の光が音楽に乗せてやってくる。黒人の女が歌うジャズのメロディー。これを聴いている時は吐き気が消えるのだ。何かこれと似たものを作れないか。そう考えて彼は一篇の小説を書くことを決意する。
 物語の中程ロカンタンは、街の美術館で、街のお偉方の肖像画がずらりと掲げられている大きな展示室に入っていく。すると150対の視線が自分の上に注がれて威圧されている感じがする。彼らは街のエリートであり、この街の発展に大きな貢献をした人物たちだ。自分は逆に社会的に何者でもなく、無価値な人間であることを自覚している。街のお偉方は人生に対し、仕事に対し、富みに対し、指導することに対し、尊敬されることに対し、最後に不死に対しても権利を持っている。なぜなら彼らは夫としての、父親としての、指導者としての義務を全て履行したからだ。それに対し、独り者で、父でもなく、夫でもなく、選挙もしたことのないマージナルな人間のロカンタンはこうした権利が自分にはないことを思い知らされる。
 しかし彼は突如、眺める側にまわる。彼は権利に輝く指導者の顔を真正面から眺め返す。すると指導者の権利の輝きが消え、醜くぶよぶよしただけの顔、光を失った眼、視線なき顔だけが残る。自分を裁いている相手を裁き返し、有罪意識を払いのけ「さらば美しき百合よ、我々の誇り、我々の存在理由、さらばろくでなし salaud よ」と呟きながらロカンタンは美術観を出た。
 ロカンタンは彼が得た啓示と共に、お偉方批判の根本的視点を手に入れた。今や彼は世界の秘密を知る者となった。私は知っている、彼らは知らない。そう考えただけで私は心の反転を為し得たのである。しかし、おそらくそれは、いつの時代にも、どこにでもある若者の傲慢なのだろう。一人の思想なりに傾倒し、世界を全てそこから斬れると思い込む傲慢。ただその傲慢は、当人にとっては、周囲の価値観に押し潰されるかどうかの必死の賭けでもあるのだ。
 1975年、「70歳の自画像」というインタビューの中でサルトルは自分の著作が近くプレイヤード叢書に収められるのが嬉しいと語っている。作家にしてみれば、この権威ある叢書に名を残すことは名誉なことであろう。しかし通常それは作家の死後のことである。生前から、注釈付きでそこに作品が収められるのが嬉しいと、ぬけぬけと口にするとは!70歳とはいえ、サルトルの口からこういう言葉が吐かれたことは大きな衝撃だった。その10年前、彼はノーベル文学賞の受賞をきっぱりと拒否していた。その理由は幾つかあるが、根本は人間の制度化の拒否である。このときのサルトルは颯爽としていた。しかしプレイヤード叢書も立派な制度である。そこに作品が入れられることは作家の聖別式にも等しい。それは<ろくでなし>を嘲笑したロカンタンへの裏切りではないか。
 『嘔吐』とは、ロカンタンによる世界の真理の発見の物語である。真理は生涯に亙ってサルトルの心を占め続け、作家としても哲学者としても、真理を開示する者、という役割、使命を自分に与えていた。しかし、真理の探求には代償がいる。孤独だ。それが若きサルトルの考えである。事実ロカンタンは孤独を引き受けるところから出発している。パスカルが病床で「うめきながら」そうしたように、デカルトが「暖炉小屋」に閉じこもってそうしたように、孤独が真理の探求にとって不可欠な条件であることを自覚している。言葉を失うまでに世間から孤立して自分の不安の真実を突き止めようとするロカンタン、彼は単独人間なのである。若きサルトルは、自己の生体験を作品の中に投げ入れ、表現を通してそのたびにこれを乗り越えようとしている。書くことは生きることに通じているのだ。以下、身体的特徴にまつわる三つのテーマについてこれを具体的に検討してみよう。
 ロカンタンは力持ちである。図書館で独学者が少年にいかがわしい行為をする。これを見た司書が独学者にパンチを浴びせる。ロカンタンはこれを目撃して司書の襟首をつかみ、じたばたする男を持ち上げた。相手はもがいて引っ搔こうとするが腕がロカンタンの顔まで届かない。作者はロカンタンを大男に設定しているのだ。次に来る小説『自由への道』の主人公マチウも大男である。そして労働者のような大きな手をしている。サルトルの手はびっくりするくらい指が短く小さな手だ。背丈1m50cmぐらいのサルトルは語る。「自分は小さいと感じたことはない」と。作品の主人公はいつも背が高く、「彼らは僕自身だった」と。しかし作家サルトルが背丈の大小を問題にしていないということはない。『嘔吐』には三人の小男が登場し、それなりに役割を持っている。他方大男もロカンタン一人ではない。『嘔吐』とは小男と大男とが、あるいは大男同士が対決する物語でもあるのだ。
 それに、主人公は常に大男でありしかも自分自身である、という上の発言には嘘がある。というかサルトルは忘れている。22歳の時に手を着けながら未完に終わった小説『ある敗北』の主人公は小男なのだ。それだけでなく、彼はサルトル同様片目が見えず、またサルトルの肉声を聞いたことのある人ならだれでも気が付くであろう奇妙な声をしている。このようにサルトルと同じ身体的特徴を持った人物が彼の作品に登場するのはこれ以後二度となくなる。『ある敗北』の主人公は力に憑りつかれた若者であり、ニュアンスをつけて語るのではなく、一刀両断に切って捨て、こうした断言の内に自分の力を感じるのだ。そしてこれは彼にとっては身体的行為でもある。彼は全身でもって断言し、その時筋肉が盛り上がり、拳が握りしめられるのだから。力は言語のレベルと肉体のレベルとで同時に発揮されるのだ。しかし彼にとって力は醜さへの対抗手段でもある。醜さを克服しようとして彼が最初にとった方法は、第一に鏡だった。何度も鏡に顔を近づけて「俺はそれほど醜いわけじゃない」と自分を慰め、「醜いのか美しいのかわからない」という未決定の領域に身を隠す。これはまさしくロカンタンが鏡を眺める時の最初の反応である。そして第二の方策が力である。彼はかつて優雅な浜辺で若い娘たちとおしゃべりをしている白いズボンの若者を自分の理想としていた。しかし、自分には優雅さがないことに気が付いて、筋骨隆々、荒々しく思考する若者というイメージへの転換を行う。
 醜さと力、この主人公は若きロカンタンであり、ロカンタンにはこの主人公が住んでいる。しかし、両者の違いも明かだ。ロカンタンは大男であり、彼の力は醜さの処理法とは考えられない。それにこの主人公は春の到来と共に、身体は軽くなり、自由を見る。また春は自覚への、力への誘いであると考える。ロカンタンは植物の成長の内に若き力を見る連中、素晴らしい春を語る連中を嘲笑する。実存の意味を知った彼の目には、樹木も事物も衰退であり減弱であり、そこに力への意志を見るのは愚か者でしかない。力への意志は自然から引き離され、行為によってのみ発現される。『ある敗北』から『嘔吐』へ、明らかに思想の飛躍があったのだ。ロカンタンの場合には、力はストレートに自由に結び付けられていない。この飛躍は、『自由への道』においてはっきりとした形をとる。マチウは16歳の時ボルドーの若者をなぐり倒した。その時彼は空中に浮かぶ小さな爆発物のように感じている。17歳の時、叔父の家で高価な陶器を床に落として壊す。その時にもマチウは空中にかかっているクモの糸のように自分を感じている。「空中にかかる」は初期サルトルにおける自由のイメージそのものである。つまり、ここで力の行使は少年マチウにおける自由の自覚として語られているのだ。醜さの乗り越えという側面は消されている。
 習作の主人公からロカンタンへ、もう一つの重要な変化がある。世界に対する視点の位置の変化だ。ロカンタンと独学者がレストランで食事をする場面がある。独学者は人間愛を語り、ヒューマニズムを説く。ロカンタンは始めの内これをせせら笑っていたが、段々激しい嫌悪感を覚える。独学者が詰め寄ってきた時、意外なことに、ロカンタンは言語障害に襲われ、口に入れたパンを飲み下せない。彼の頭の中では言葉が鳴っている。「人間を愛さなければならない。人間は素晴らしい」と。そしてすぐに吐き気の発作に襲われる。それはかつてない強烈な吐き気だった。彼は席を立ってこそこそと出て行った。レストランを去るとき彼は「後ろを振り向き、私の顔を彼らに見せる。彼らがこの顔を記憶に深く刻み込めるように」と思った。人々は去っていくロカンタンの背中を眺めている。その背中に彼らの目と思考がまとわりついてくる。ロカンタンはどうやら蟹に変身したようだ。かくも人間的な部屋から後ずさりして逃げて行った一匹の蟹、それがロカンタンなのだ。甲殻類はサルトルにとって最も無気味な動物、人間から最もかけ離れた生き物だった。この後ロカンタンは市電に乗り、公園に着き、ベンチの上にうずくまる。そこで、黒い手をして黒い爪をした黒いマロニエの木の幹の間で実存に全身を貫かれながら啓示を得る。しかしその時ロカンタンから言葉は消え失せていた。彼は言葉なしに、事物の上で、事物と共に考えていた。この時の啓示を彼が言葉にするのはしばらくたってからである。地上低くしてマロニエの木の根を眺めているこのロカンタンの視点は、一連の習作の主人公の視点とは驚くべき変化を見せる。彼らは多かれ少なかれ超人であり、天才であり、高所から世界と人間を眺め、考察していたからである。そしてこれは天才を夢みる少年の裏面だが、習作の時期のサルトルには反-人間の思想といったものがほの見える。
 この思想を極限的に、かつ戯画的に体現しているのが、『嘔吐』の少し前に書かれた『エロストラート』の主人公、ポール・イルベールである。作品の冒頭、建物の7階から彼は人間たちを見下して優越感に浸っている。ピストルで街に出て無差別に人間どもを乱射することを夢見ている。夢みるだけではない。ある日ピストルを持って街に出て、頭の中で想像殺人を犯しながら逃げ道までも考える。最後にポールは行きずりの太った男に三発発射しただけで、壮大な殺戮の夢は果たせぬまま、また自殺も出来ぬまま捕まってしまう。行動に移る前にポールは102人の作家たちに手紙を送り、自分は人間を愛していない、人間を愛することは出来ないと宣言している。そしてそのために人間たちの社会から排除されたと嘆いている。人間を愛さねば言葉を使うことは不可能だった。そこで思想は軽い器官的運動のようなものとして彼の中に止まっていた。ポールは自分だけの言葉、人間の習慣に汚染された言葉ではない言葉が欲しかった。自分だけの言葉を持つこと、それはものを書く人間にとって究極の願望でさえある。文学は引用の織物だなどと言う言説に始めからちんまり収まるのでない限りは。問題はその言葉をどのレベルに設定するかである。ポールはそれを単語のレベルで捉えた。そしてそう発想する限り、出口がないのは明らかである。こう言ってよければ、ポールはサルトルの考えるマラルメとは反対に、詩人に成り得ぬがゆえにテロリストになったのだ。いずれにせよサルトルは、ポールに壮麗な死を与えるのではなく、彼をけちな犯罪者にすることによって、超人の思想を乗り越えようとしている。超人から蟹へ、これは若きサルトルにおけるコペルニクス的転回と言えないだろうか。
 ロカンタンと独学者がレストランで食事をする前の日曜日、ロカンタンは海岸に出て、夕暮れ時の海を眺めている。若い女がブルーの空に顔を向ける。そのとき彼はこう独り言を言う。「自分は人間を愛するようになるのではないか」。これは少し後に独学者がロカンタンに囁く言葉、ロカンタンの頭の中で鳴っていた言葉と同じではないか。落日、海のざわめき、青い空、若い女、いずれもサルトルの好きなものである。ロカンタンに幸福の感情を起こさせる風景である。こうした風景の中で、反-人間の思想が一瞬ゆるみを見せたということか。それともロカンタンの内に、人間的なものに向かう思想が芽生えつつあったということか。独学者の発する次の言葉も奇妙である。「人生はそれに意味を与えようとすれば意味があります。まず行動し、企ての中に飛び込み、その後で反省しても、すでに運命の賽は投げられたのであり、参加しているのです」。サルトルはその時すでに反-人間の思想の限界を感じていた。諸々のヒューマニズムを馬鹿にしながら新しい人間観を模索していた。その一端を独学者に貸し与えたのだ。
 ロカンタンは日記の最後の箇所で一篇の小説を書くことを夢想する。それは何を意味するか。芸術創造は倫理と重なるのか。それとも別のことか。習作『アルメニア人エール』の主題は、エールはどのようにして倫理の問題にぶつかったのか。その問題をどのようにして解こうとしたのかということだ。善は存在するか。悪はどこから来るかという問いを巡るプロメテウスとイシュティオスの対話がその中心部である。二人の対話には、やがて『聖ジュネ』へと発展する悪の神学が含まれている。エールはアポロンから、芸術作品を創れ、芸術を生み出す忍耐強い労働者、殉教者になれと忠告を受ける。そしてその才能を保証される。アポロンは倫理なんて馬鹿らしいとしてこれを一蹴している。しかしすぐ前のところでサルトルは、ブリアレオスに、悪-自由-芸術を同一のものとして語らせている。エールはこれを愚言として斥けているが。芸術創造とは何か。この問いはロカンタンの日記の中にも出てくる。『嘔吐』は真理の発見の物語だが、芸術創造の倫理という考え方からの脱却の物語としても読むことが出来る。まず、ロカンタンが昔の恋人アニーと再会する場面に注目しよう。
 彼らはパリのホテルで完璧な瞬間について話し合う。アニーは長い間、完璧な瞬間を追い求めていたが、今はもうそれが存在しないと感じている。ロカンタンはそれが彼自身の求める冒険の感覚だとするが、アニーはそれを否定する。ロカンタンは独り冒険の感覚がやって来るのを待つだけの受動的人間だが、アニーは特権的状況に身を置きながら、これを完璧な瞬間に仕上げるために他者をも必要とする能動的な人間である。しかし、生の時間の中に、厳密さ、統一性、秩序を導入することには二人は一致する。しかしこの試みは失敗した。こうした時間は音楽や映画や物語にしかなく、その中に居る時にしか感じ取れないからである。現実に我々が生きている時間はのっぺりして、余計なものをたくさん付着させている。そこでは繰り返しも、やり直しも可能である。生活の時間とは足し算であり、厳密さ、秩序とは相容れない。
 ではどうするか。ロカンタンは途方に暮れている。と同時に自由だと感じている。生きる理由を全て失ったからだ。喰って寝て、事物のように実存に身を委ねるだけの生活、それも一つの生き方だろう。しかしロカンタンは小説を書く気になっている。彼が一切の生きる意味を失ったときの日記はこうだ。「私は一回目の勝負に負けていた。二回目も負けた。そして結局勝負を失ってしまったのである」。ここで用いられる負ける、失うという言葉をこの小説にそって具体的に解するならば、旅-冒険生活の放棄とロルボン侯爵研究の挫折を指していることは明らかである。しかし彼は続けて「同時に、私は、誰もが常に負ける(失う)ものであることを学んだ。ろくでなしだけが勝つと思い込んでいる」と書いている。またロカンタンは、それまでの自分の試みを、今度は<在ること>という一語に集約している。サクソフォーンの調べが伝える苦しみは実存しない。それは<在る>、自分もそのように、実存を自分の外に追い出して<在る>ことだけを望んでいたのだと。<在ること>という語は、ここでは必然的なものとして在る、本質的なものとして在るという特別な在り方を意味する言葉として使われている。ではこのような在ることの探求が挫折したとき、彼は<在ること>への願望を放棄したのだろうか。
 『嘔吐』の結末は曖昧である。ロカンタンが小説を書くこと、それは勝つ企てとは考えられていない。実存すること、すなわち負ける(失う)ことから彼は決して目を背けていない。しかし芸術作品が完成した暁に実存の罪から自分を救い出すこと、実存を正当化することが可能かもしれないと考えている。現時点では負けること、実存を人間の条件として引き受けながら、救済という永遠の次元に期待をかけている。これは密かに勝つことを狙っているのではないか。また彼は、実存しない何か、実存の彼方にある何かを書物を通して創造することを目指している。これはやはり<在ること>の追求ではないか。偶然的なこの世界に、芸術作品という必然の世界を創造すること。ボーヴォワールの回想録によれば、青年サルトルは、ここに自己救済の可能性を見ていた。その限りでは、『嘔吐』の巻末におけるロカンタンは、ある時期におけるサルトルの姿勢、芸術創造そのものを倫理とする姿勢を忠実に再現している。しかし物語の一貫性という点ではどうだろう。ロカンタンは<在ること>の試みに自分を賭けていた、その意味で彼は<在ること>の倫理を選んでいた。実存の発見によってこの倫理が破綻したのなら、以後は実存することの倫理を探求すべきではないか。芸術創造は実存することの倫理的選択と言えるのだろうか。
 後年のサルトルの変化を考慮に入れればノンであろう。むしろ『嘔吐』の先の二つの言葉が、やがて変身を重ねて、サルトルの思想の鍵の言葉となっていく。勝ち負けの発想は、深い所でサルトルの事物と人間についてのヴィジョンと結びついている。存在論の地平で、意識は世界を存在させるために己を失うであろう。行動の次元で、彼の主人公たちは常に負けることを選び続けるだろう。<在ること>は、『存在と無』の中で、持つこと、為すことと共に、人間の根源的な欲望の一つとして位置づけられる。だとすると<在ること>の倫理から実存することの倫理への移行は容易ではないということになる。『嘔吐』の結末の曖昧さはこの困難を映し出している。
 
 ジャン=ポール・サルトルは1905年6月21日、パリで生まれた。生後まもなく父はこの世を去った。若い母親はこの乳呑児を連れて実家の祖父母に引き取られ、そこで王子さまとして溺愛された。父の権威を知らぬ間に育った彼は指導者の権威を笑うことから人生を始めた。作品の中から父親を追放した。『嘔吐』の主人公にも『自由への道』の主人公にも父親はいない。ただ一つ父親を登場させた『アルトナの幽閉者』では、彼に名を与えず、造化の神のような役割を与えている。祖父はアルベール・シュヴァイツァー博士の伯父にあたる。ドイツ語の教師で知識人である彼の書斎は辞書や書物で溢れていた。この書斎が孫の遊び場だった。世界についての知識は全て、事物からではなく、書物から彼にやって来る。しかし、周りの大人たちの眼を通して少年は自分の醜さを知った。5歳以後、誰も彼の写真を撮らなくなり、それでも撮られた何枚かの写真は母親が手許において誰にも見せなかった。顔の美と醜の区別はナンセンスだ。こうした区別そのものを消してしまおうという発想は、明らかに醜の側の発想である。ロカンタンはもう少し先を行く。美醜の境界を曖昧にするだけではなく、自分の顔の意味を消してしまおうとする。鏡に触れんばかりに顔を近づけると、そこに見えるのは色であり、ひだであり、肉の塊であり、人間が不在の世界である。そういう人物を自己の分身としたサルトルは、アンチ・ナルシストである。11歳の時、母親が再婚する。相手は、大西洋岸のラ・ロシェルの造船所の所長で、息子も母親と共にラ・ロシェルに移り、この街の中学に入る。だが、それまでの楽園は喪失した。理系の義父とはそりが合わない。学校では背が低いこともあって同級生にいじめられ、好きな女の子からは醜さを馬鹿にされた。少年はこれら全てを外部からの暴力として受け止めた。彼はふてくされ、成績が下がっていく。ほら吹きになり、母親の財布から金を盗む。さらに攻撃型人間になっていく。教師時代には、ボクシングを始め、同僚をぶん殴っている。ラ・ロシェル時代、彼は自分を天才だと思い込み始める。この自負は高校2年でパリに帰って以後、さらに高等師範学校時代、さらに募っていく。彼は学生時代から気前のいいお大尽だったが、死んだときは無一文だった。彼は書斎人だったが、食事は常にレストランで済ませ、人と会うためにカフェからカフェへ泳ぎ回った。それも原則として一対一である。というか一対一の関係を優先していた。若きサルトルは弁舌の力で女をものにする、教養あるドン・ファンになることを夢見ていたし、それは成功した。ボーヴォワールを始めとして、ある時期から彼は常に何人かの女に取り囲まれ、時には追いかけられてさえいたから。晩年においても、彼の一週間の予定表は女たちとの定期的なランデヴで埋められていて、他の者がそこに割り込んでアポを取るのは至難の業だった。このドン・ファンはまた、ピグマリオンでもあった。ピグマリオンはキプロスの伝説上の彫刻師、自分の創った石像に恋をして、これに似た女を与えて下さいと恋の女神に嘆願すると、その石像が生気を帯びて女に変わったという。つまり、女を成長させ、進歩させ、幾分かは創り上げること、このことに快楽を覚えていた。こういう性向は、20歳の時の最初の恋人であったシモーヌ・ジョリヴェを始めとして、女たちに書き送った手紙の中によく表れている。彼は絶えず、お説教とも思える言葉を書き送っているのだ。彼が少なからずマッチョだったこと、これは疑いないところで、それに対して弁明にならぬ弁明をするなら、時代がマッチョであり、文明がマッチョだったということかもしれない。




















月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
実存主義の歴史(5) ヘーゲルに学ぶ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる