シェリング 後期の哲学 (2)
シェリングの説く神的存在とポテンツとの関係は言わば存在論的で神的存在の側から言われているのであるが、しかしこれを逆にして認識論的に人間理性の側からこれを見るならば、シェリングによって予思されざる存在と理念との関係としても説かれている。この考えから言えば、単なる思惟の中で始めたものは単なる思惟の中でのみ進行し結局理念に到るだけで終わる。従って現実性に達するためには純粋な現実、即ち一切の可能性に先立つ現実から出発せねばならない。それが一切の現実的思惟の始めでもある。なぜなら思惟の始めは思惟自身ではないからである。ところでこういう一切の思惟に先立つ存在と言えども思惟や理性に必ず関係づけられねばならないことは先に述べた通りであるから、従って単に存在するものもまた存在である限りはやはり一つの理念だということになる。それと同時に存在と言われるものは一切の可能性、従って理念を除外したものでもあるから、そこでここで理念と言ってもそれは従来の消極哲学で言ってきた理念ではない。それをシェリングは理性が自己の外に置かれるような理念、いわば反転された理念という。即ち一切の概念的な何かでもない存在は理性からは絶対に自己外のものとする他はない。従って理性はかくすることにおいて自己自らの外に置かれる。即ち絶対的に脱自的なのである。
ここで説かれる反転された理念とかエクスタティシュな理性とか言われているものは、思惟を超える存在のあり方を理性の立場から表わしたものとして注目に値する。これはいわば理性科学としての消極哲学が神把握において単なる理念に陥って挫折して後に、存在それ自体を捉えることを標榜する積極哲学が神的存在の把握において採る方法ということができる。現実の神的存在は理性的把握を以てしては尽せないのである。しかしだからと言ってかつてのシェリングのように絶対者把握を知的直観に求めるということは、既にヘーゲルのこれに対する批判によっても明らかである通り、学があたかも神託を以て始まることを許すのに似て真に理論的要求を満足すると言えない。いわんやそれが直接的な感情に依拠するヤコービのような立場に陥らないためにも理性的立場を捨てることはできない。それゆえ一方で理性的立場の挫折を説きながら、他方で理性的立場を堅持しなければならないのである。このようなことは一般にシェリングの理性的思惟のニ重性と見られるのであるが、このことが上のような言葉となって現れるのである。しかもそれは一層具体的にはポテンツの展開を説くシェリングの行論自身の中に現れるのである。
存在のポテンツの展開は、上の意味での予思されざる存在から出発してその展相を辿るわけであるが、それはシェリングによれば同時に哲学の出発点たる存在の段階を求めることと別ではない。ところでこの根源的存在または予想されざる存在に対しては既存の存在を規定する概念はこれを適用することはできない。しかしそうかと言ってこれを規定する手段がない訳ではない。言い換えるとあらゆる存在の前にまたその外にある存在といえども、これを規定する時は、存在と関係して規定する他はない。そこで一切の存在の根源たる存在は未だ存在していないが、やがて存在するであろう存在であるから、それはあり得べき存在であり、しかも他のものによって条件付けられていないことを現わすために、無条件的に一切の媒介なしに「直接的な存在可能者」とすることができる。この直接的な存在可能者は存在するために自分自身以外の何ものも前提しないもの、言い換えると存在に達するために意欲する以外に何ものも必要としないものである。なぜなら一切のあり得べきこと、即ち可能は本来静止している意志で、各意欲は作用的となった可能であるからである。これを要するに直接的な存在可能者とは無条件的にそれ以上の媒介なしに可能性から現実性へ移り得るものである。そして我々は意志以外に可能性から現実性への移り行きを知らず、この移り行きは無意欲から意欲へのそれに他ならないから、直接的な存在可能者はまた存在するために無意欲から意欲への移り行き以外に何ものも必要としないものとも言える。
このように存在に先立つものが直接存在可能者であるとすれば、それはまたあり得るものである以上、あることも無いことも自由なものではなく、従ってこの場合現実へ移る移らないの間には選択はない。それゆえそれはもはや無いことがあり得ないもの、即ち必然的にあるものとされる。しかもそうなるとこのようなものはもはや存在の根源であることを止め、またそこに戻れないものである。そして真の自由はかくあることよりかくあらぬ方に、かく現れたものより現れぬものの方にあるから、かく現れたものは自己を失うことによってあるものということにもなる。そこで我々は再び元に戻って根源的存在はむしろ以上のように存在に移行しないもの、その意味での純粋な可能性、或は存在なき可能のままに止まるものとして、これを純粋にあるもの、「純粋存在者」と呼んで先のあり得るもの、存在可能者と区別することができる。それを意志と関連して言えば、先の存在可能者は意欲可能の意志、今いう純粋存在者は完全に意欲または欲望なき意志と言えるであろう。以上二つを現実存在との関係においていえば、存在可能者の方が純粋存在者より一層現実存在に近いといえる。
以上二つの存在者はまた決して完全に別なものではなくて、同一物の二つの在り方、規定でもある。ところでこの二つはいずれもその特有の一面をもっている。即ち存在可能者は可能態から現実態へと移るものだが、存在へ移るのは可能態を捨てることなしには可能ではないから、可能態と現実態とは相互に除外し合う。つまりどちらにも成れるが、一方に成れば他方に成れないという点にこの存在者の一面性がある。純粋存在者はただ現実態で可能態を全く除外している。しかしその点にまたその一面性があると言える。この一面性から自由になるためにはそれぞれが他となることによって第三者が求められねばならない。即ちそこでは可能態と現実態とが相互に除外し合うことなく、従ってそれは純粋存在者と比べれば存在においても可能態たることを止めることなく、存在可能者と比べれば可能態たるために存在を断念することもないといったもので、一言にすればあることからもあらぬことからも始めて現実に自由なものである。或は意志に即して言えば、作用し意欲しながら作用の源とし意志としてあることを止めない、従ってまた意志としてあるために純粋な非意欲たることを要しないものである。もしまた上の両者をそれぞれ意欲と呼ぶならば、第三者は主でも客でもあるもの、従って自己自身を失わないという意味で自分自身の許にあるもの、或はそれ自体として存在する存在可能者といえる。以上三つの存在者はそれぞれ独立の存在ではなくて、一つの存在の三つの見方であり、相貌(Antlitz)であり、或は規定(Bestimmung)である。そしてシェリングはまたそれを存在の契機或はポテンツとも存在の原理とも呼び、各三者をあり得るもの、あらねばならないもの、あるべきものとか、或はまた、即自的、対自的、即自において対自的とか、自己において、自己の外において、自己の許においてある存在者または精神等と呼んでいる。
我々は精神がこのような即自、対自、即かつ対自といった三つの形態をとって現れ、かかる形態をとって現れるものこそはまた精神であると逆にも言われる点に、既に世代の哲学に現れた弁証法を再び見出すのである。このような展相にシェリングの後期の思想に及ぶヘーゲルの影響を見ることができるかに思われるのであるが、先に述べたようにシェリングが存在のこのような展相を認めつつも、同時にそれに第二義的な意味しか認めないことを言わずにいられないという点に、ヘーゲルとの相異を認め得ると思われる。
この存在の優位の考え方は更にポテンツのこのような展相が神の叡知または意志によるかどうかについてのシェリングの所論にも現れる。ここで我々は再び先の小論『永遠の真理の源泉について』を参照せねばならない。即ちこのように純粋な結果たる神が一切の何かを含み、もしくは展開するということは、もとより偶然ではなく必然的であるが、しかもそれは神が自らにそれを具えているというだけであって、これを意志しまたは知識しているという訳ではない。この自ら意志しないということは、自己以外から付け加わるということで、自己自身にとっては依然偶然的という他はない。それはその本質の中にはなく、概念的に導き出されないのである。しかも依然また神はその存在上当然一切の可能性を具えており、そうならずにはいない点では必然的なものである。言い換えると純粋存在たる神が一切の可能性を含むことは「必然的偶然」ということになる。
この必然的偶然ということこそ、存在と思惟及びそれに関連するポテンツの展開等一切の対立の解決の核心を言い表わしている。それは依然存在の優位なのであって、それが第一に置かれればこそ、存在が理性の枠に入る可能性は理性の要求ではなくて、いわば存在自身の要求でなければならない。しかしそこに意志を置いても、その意志が再び叡知に導かれるものであれば、理性の要求に逆転する恐れがあるから、あらゆる意味で存在の優位を保つためには、それが意志さえされず存在上自ずからそうならずにはいられないという点に帰着させるか、或はたとえ意志とされてもその場合の意志はそうすることもしないことも全く自由な、従って不可測な意志とでもする他ないのである。
さて存在の前に存在を超えたものを見出そうという努力は、まずこれを存在と関係して求める限り、「あるであろうもの」という未来的存在として捉え、その必然的規定を明らかにしたのであるが、結局それが精神の規定である限り、「あるであろうもの」は精神と規定されたのであった。そうなると関係は逆転されて、今までの過程は始元としての精神に達するための過程または階梯で、そこに達すれば階梯は捨て去られ、精神が出発点となり始元となって、今までの過程は改めてその結果として展開されることになる。このような意味での転換は常にシェリングの説くところで、これは或る意味でネガティブな哲学の過程を通ってその極、ポジティブな哲学に到る時にシェリングが常に用いる方法であると言ってよい。そしてそのゆえに消極哲学が上昇的哲学であるのに対して、積極哲学が下降的哲学とシェリングによって呼ばれるのである。しかしこのような転換がいかにして可能であるかと言えば、それはまさにシェリングが、予思されざる存在を捉える時にいつもこれを現実の存在に先立ちながら現実存在になる未来的存在、即ち可能的存在として捉えており、従ってこれを生成の論理の立場から運動の主体または行為的主体として見ていることによると言わねばならないのである。なぜならば、行為的主体こそはポテンツに展開すると共に自己自らたる主体性を失わないものだからである。これを神にうつせば神も存在である限りそのように捉えられる他はないと言わねばならない。そしてそれは人間存在から神を類推するものとも言われ得るが、その類推の成り立つ根本は、人間と神との現実的関係、即ち人間の苦悩に救いの手を差し伸べる神という関係であろう。なぜならばこの関係において見られる限り、人格のみ人格を求め人格のみ人格を癒し得るという点で、神の人格性を要求せざるを得ないからである。いずれにせよこのような転換による主体性の把握こそ神存在へ近接するただ一つの途と考えられるのである。
この場合シェリングが強調することは、以上のポテンツが従来の哲学の最高原因に遡る手段とした悟性概念、即ち範疇でないことである。人は或は存在可能者を可能性に、純粋存在者を現実性に、存在必然者を必然性に当てるかも知れない。しかしそれはシェリングによれば全く誤解である。上の諸規定は具体的なものに全体として適用される普遍的概念でなくて、最高度に特殊的なものであり、一切の生成の、従ってその限り一切の生成した存在の第一根拠たる原可能性であると言っている。これら全ては当然彼が存在の優位を堅持しているからであるが、しかしたとえそれが存在の原理であることによって範疇と区別され、しかもその中には存在に先立ち存在を超える絶対的精神と存在との関係が残りなく与えられているにしても、それだからと言ってこの存在に先立つ絶対的精神の存在の根拠がそれによって与えられたと言うことにはならない。このような精神の根拠が理性によって与えられるためには、理性自身が無条件に立てられねばならない。しかしそうならないことは何らの理性も存在しないことも不可能ではないからである。従ってむしろ理性の根拠が精神にあるので、その逆ではない。しかも精神自身はそれに先立つ必然性はなく、ただあるがゆえにあり無根拠である。ここに一切の合理論の破綻があるわけであるが、しかしそれだからと言ってまた絶対的精神があらゆる意味で証し難いということではない。事実全積極哲学はこの絶対的精神の証しに他ならない。しかし絶対的精神が証されるのは、上の存在の原理が精神に先立つ原理として、これを証明することによるのではなくて、むしろそれが精神の結果としてただア・ポステリオリにそれと示すことによるのであるとシェリングは言っているのである。そしてこのような絶対的的精神たる神の理性に対する優位に、先に述べた神のポテンツ化が神によって欲せられたものでない予思されざる出来事であることも基くのであるし、また神の絶対的な自由も成立するのである。
我々は以上のようなシェリングの主張に或る意味で二つの哲学的思索の方向が絡み合っていることを感ずるのである。その一つは理性科学の挫折により、一切の理性把握を超える不可測な神存在はついに対象化できないがゆえに、一切の客観的認識による証明を拒み、そのゆえにあらゆる形而上学的な神の存在の論証は不可能であり、ただ後のヤスパースの言葉を借りれば暗号の解読によってそれと示されるだけで、専らその証しは実践的に信仰者の実存による証し以外にないと考えられる方向である。しかしまた今一つにはシュルツの指摘するように本来観念論の伝統から対象規定を理性に求める方向で、たとえそれが従来の悟性規定たる範疇とは違うことを認めるにせよ、新しい思惟の意味で理性の挫折を超えながらも、対象規定をポテンツの形で試み、その点で弁証法に通う形態をとって精神の展相を展開しようとし、しかもこの対象規定はあくまでも理性的反省による他ないから、それが依然ネガティブであるからそれをポジティブにするためには、あくまでもア・ポステリオリな充実を必要とし、そのために意志との比論を試みる方向である。この二つの方向は実にシェリングが一方で観念論即ち本質論の伝統でありながら、何かの形で実存論的方向を打開する一歩を踏み出したことに基いている。そしてシェリング後期の哲学全体を通じてそれがその時々に交替し交錯して現れると見られるのである。シェリングが一方でポテンツを説きながら精神はそれを超えるものとし、さらに精神は自己をも超える絶対的自由をもつとするのも、またポテンツの展開そのものを必然的偶然に他ならないとするのも、全てこの二つの動向の間を動揺するシェリングの立場を示していると見られるのである。
しかし以上のいわば哲学の原理論的面は、シェリングが存在自体を目指す積極哲学を主張する限り、再び現実に触れて動揺せざるを得ない。なぜなら積極哲学も学たる限り、依然現実的存在を可能的存在に変え、現にあるものではなくてあり得るものを取り扱うことによって、消極哲学との限界が再び薄れることになるからである。このことを救う道は実践に徹する他ないのであるが、ここにシェリング哲学全体の今一つの動向たる歴史哲学の立場が結びつくのである。これはシェリングが自然哲学に対して打開する新しい動向であったが、それが神存在を中心とする後期の哲学においては、客観的にいえば、神の歴史的顕現とも言うべく、主観的にいえば神的存在の歴史的経験または神的存在についての人間意識の歴史的発展ともいうべき神話と啓示事実に、以上の原理論のいわば現実的証しを求め、かくてそれはあたかも天文学的理論が現実の星の運動によって証かされるのに比せられるのである。そしてこれがシェリングの神存在を対象とする哲学的または形而上学的経験論として挙げる方法に他ならない。即ち積極哲学はあらゆる思惟の外にあるもの、従って一切の経験を超えたもの、全く超越的存在から出発するが、この出発点たる始元が神に他ならないことをア・ポステリオリに証明するのである。つまりその出発点はア・プリオリには神にではなく、ただア・ポステリオリにのみ神だからである。言い換えるとこの絶対的始元そのものは絶対的なそれ自身によって確実な端緒であるから証明されない。むしろそれからの結果が事実的に証明されるべきで、それによってその始元が神たること、従って神の存在することが証明されるのである。この場合の思惟過程は次のようになる。その概念が各々(超越者の概念)である始元はかかる結果を持ち得る(結果はその意志によるから)。しかるにこの結果は事実存在する。それゆえまた始元そのものも存在する(我々が概念的に把握した通りに)。このようなシェリングの方法はまさに上に述べた超越的存在を捉えんとしたもので、それはポテンツの分析に進み、そのポテンツは超越的存在を意志とみる限り、その結果であるとされる。そしてこのように、ポテンツを結果としてみることはやがて存在者を行為的主体としてみることで従って世界は自由な決定に基く行為の結果とみられ、そういうポテンツを示す行為的主体の跡かたは個々の人間の意識の中ではなくて、人類の意識の歴史的過程において示される。しかも歴史は完結することなく過去に遡ると共に未来に達しなければならないから、その点でも積極哲学の歴史的な哲学たるゆえんがある。そしてまたこのような意味で啓示のみならず神話も等しく神の示現に他ならない。神話的宗教は多神教であり、啓示宗教は一神教で、後者のみが真の宗教であるという理由で、神話的宗教を非宗教と断ずることは当たらない。それはただ反転し転倒された真理であるに過ぎない。従って原理において変わりはないとシェリングはみる。またある点では偽れるものが真なるものの前提ともいえる。キリスト教の主要な事業は異教からの解放にあるが、それは異教があってのことで、その点でも異教はキリスト教の前提である。
さて以上によって原理的に見られた神的存在の構造はまた神話及び啓示に如実に現れることが示されねばならない。なぜならシェリングの哲学的経験論の立場は、積極哲学があらゆる思惟の外にあり一切の経験を超えた超越的存在から出発することを許すと共に、またその超越的存在の結果が経験によってア・ポステリオリに存在することが示されることを通じて超越的存在自身の神たることが証されるべきことを要求するからである。ここで結果とシェリングの言っているのは、上述のポテンツ化を意味していると考えられ、従って超越的存在の神たる証しは神話や啓示についてポテンツを指摘することになる。それが積極哲学においてポテンツ論のもつ比重の大きいゆえんである。
ギリシア神話の最初に現れるカオスは、普通単に形態のない物的要素の混乱という風に考えられている。しかしそういう考え方はギリシア人に相応しくない。もし強いて混乱というならむしろ非物質的なポテンツの混乱というべきで、あたかも同一点が円周とも直径とも中心とも言われ得るといったものである。即ち混乱というのは我々が対象において区別できないものを思想において区別することから生じるのであって、決して混乱した混合体というような意味ではないのである。ちょうどそれは我々が神の中に三つのポテンツがあるとした場合と同様で、我々はそれを思想の上では分けるが、それが神においては一つになっている、といってそれは決して神において混乱があるというわけではなくて、ただ三つのポテンツが分かれて現れない前においてはそれは我々にとってはカオスであり、言い換えるとそれは入り交わり我々にとっては区別出来ないというまでである。そこで我々はカオスについて次のように考える。第一にそれはその真の概念に従えば単に物理的な統一ではなくて、一定の絶対的に完結した数のポテンツの統一である。ところでこのヘシオドスのあげるカオスの他に、別の神話によるとヤヌスがあらゆる発展の初めに置かれている。ヤヌスは二つの顔を持っていて過去と未来を見ており、この一方の終わりと他方の始まりというジムボルがちょうど年の初めを現わし、かくてヤヌスは年の初めの月の名(ヤヌアリウス)ともなったとされる神である。しかしシェリングによれば、この神は一層深く解釈すれば、カオスの中に意味されていた統一であって、ただそれが分離して認識されるに到ったものと見られる。即ち二つの顔は相反する二つのポテンツを現わし、一方は存在なき純粋な可能、他方は可能なき純粋な存在で、それがしかも一つになって一存在を現わしている。ところで更にこのヤヌスの二つの顔の間に新月のジムボルが置かれる。古い解釈ではそれはヤヌスが時の神であるからだとされているが、そのことを新月で現わすことに問題がある。むしろこのジムボルで第三のポテンツを現わすと見る方が納得できる。新月は満ちて行く月、即ち未来を、しかも確実な未来を現わす。それは未だあらぬものであるが、あるべきものである。かくしてヤヌスの頭には根源的ポテンツたる「あり得るもの」「あらねばならないもの」「あるべきもの」の最も完全なジムボルが、分かれると共に離れ難く一つになっているということが出来る。即ち全神話の説明の出発点たる最高の概念がヤヌスの中に形をとっているといえるのである。
啓示宗教にあっては、本来真の神が「あるであろうもの」とされ、啓示宗教自体が未来の宗教であると言われているだけ、神のポテンツの指摘はむしろそれに相応しいといえる。モーセがいかなる名を以て呼ぶべきかを神に尋ねた時の答え、「我はありてあらんものなり」は、神は生成する神なることを示している。もとより神は存在をとるかとらぬかについては完全に自由であるから、いかにして存在をとるかまた何によって存在をとるべく動かされるか等のことも問題になるとはいえ、ともかくも生成するものは精神であることによって、神がポテンツに展開することはその意味で当然である。そこで例えば三位一体説のようなものも、シェリングによれば、ポテンツの説によってのみ真の生命を得るといえるのである。
三位一体説の中心となる父なる神と息子と精霊とについて啓示宗教の叙べているところはポテンツの原理と極めてよく一致している。キリストがヨハネ福音書の中で父と息子との関係について言っているところによれば、「父は生命を己のうちに有し給うごとく、子にもまた生命を己のうちに有するように与え給えリ」である。己のうちの生命とは自己の人格としての生命を意味し、この生命を父は本源的な何人からも与えられないものとして持っている。父なる神は、生命が可能に成り立つ限り、彼の欲することを直接なし得るが、息子はこの可能即ちポテンツをまず与えられねばならない。なぜなら息子はそれ自体の一切の可能なき、従ってまたその限り一切の力なき存在だからである。父のポテンツ、即ち神の即自的存在は「直接的な存在可能者」に相当し、息子のポテンツはただ間接的に第一のポテンツを除外することによってのみ成立するから、「純粋存在者」に相当する。息子の本質は彼自身のものを求めない意志たることで、息子はいわば自己自身の意志を持たず、彼の意志は本来ただ彼の中に置かれた父の意志である。そこに息子が見えざる神の映像といわれる意味がある。これを逆にすれば父なる神の意志は直接現れず、息子を通じてのみ現わされる。その意味でまた父において直接的即自態であったものが、息子において対自態となるとも言い得るのである。かくして父が息子を生むということは身体的に同様のものに生命を与えることに止らず、一歩進んで精神的関係をも意味し、やがて息子も父のみがそうであった「存在の主」となって存在を所有し支配する力をもち、ここに息子は父と等しい位格となる。これは根源的主である父なる神のうちになお隠れているが、やがて息子となるべきものが、父によって未来の息子として認められ愛せられることから、やがて父に息子を自己の外に立てる自由が成り立ち、しかも父の神格はこの自由に存するから、逆に息子は父の神格に寄与することとなり、父と息子とは相互に他なくしては存在不可能であることを意味する。従って息子は父なる神と同一の実在的なものを別の仕方で持つだけで、決して二つの別な神があるわけではない。しかしいずれにせよここに第一第二のポテンツがあるわけで、これに対して第三のポテンツは精霊であるが、これは以上根源的生命が可能態から現実態へ移って作用することによって父から息子への発展を示すその全運動を駆り立て促す力だとされる。またそれはシェリングによって父と息子に共通する存在をもつもの、自然に目的を与え、必然性の国に自由を呼びさますものといわれる。そしてこれら三つのものは同一の神の三つの現れにすぎず、相互に相俟って一つの全体を形づくること、ポテンツ論のポテンツにおけると同様である。
我々は以上によってシェリングが積極哲学として樹立しようとしたものの輪郭を行く分とも髣髴し得たかと思う。彼が積極哲学として説こうとしたものは、従来の消極哲学が本質論に終始したのに対してあくまでも存在自体を明らかにする存在論に他ならなかったが、その存在が神的存在に究極する限り、内容的には神話と啓示の哲学となったのである。しかしこうした宗教的なものに哲学が焦点を凝らすことには、時代の動向との関係を忘れてはならないと共に、そもそもシェリングが宗教に寄せる重大な意義を見誤ってはならないのである。彼はおよそ人間の生は全体として二つの極を巡って動いており、その一つが国家であり他の一つは宗教であるという。しかもこの二つの力は緊密に結合していて、一方は他方を欠いては真の影響力を持たないといえる。にも拘わらず現在特に宗教的動向が高まり現実の神への渇望が激しく興っているについては、シェリングは次のように考える。即ち人は国家における外的権威たる法に満足せず、法の圧力に耐え難い呪咀を感じ、この救いなき状態に自己を喪失するのを止めて、自己の内に退き、行動の不幸から逃れて観想的生活に入る。これによって法の圧力を避け良心の要求に従うのである。我々はこのようなシェリングの言葉に超越論的観念論の体系中の実践哲学で説かれたものとはまさに逆の雰囲気を見出すだろう。そしてシェリングによればこの良心こそは潜んだ神であり、従って行動的生活から観想的生活に入ることは神へと向かうことであり、かくして本来神的な魂は神に触れるに到る。この神の再発見は観想的生活で行われる限り、理念としての神の発見であり、それは様々な段階を経て行われる。即ち忘我の行を行ずる神秘的な敬神から、神の姿を写し出すことによって神に近づかんとする芸術を経て、叡知的な理念的な神を観ずる観想的な学にまで到るのである。それは或る意味でシェリング自ら前期の哲学で試みたものであった。しかしこのような実践を断念する立場は結局貫くことができず、活動的生が再び現れ現実が再びその権利を主張する。かくして観想的な神ではもはや満足できず、人は全き絶望に陥り、この分裂を止揚できないで何をなし何を見るべきかに惑うのである。シェリングはここに理性的な観想的立場の没落を説く。それは理性科学としての消極哲学の危機であって、そこに実践的な現実的立場の昂揚があり、現実の存在自体を対象とする積極哲学の要求が現れるのである。従って積極哲学の要求は単に本質に対する存在の要求という理論的なものに止まらず、あくまでも理念的な神に対する現実的な神への要求として実践的な意味を持ち、深く実存に根差した要求である。事実現実の神を求めるものは常に個であり、神へ到る途は常に個から発する。それはただ人格のみ人格を求めるという事実に基き、従ってまたシェリングが求めた現実的存在とは畢竟するに現実に我々の苦悩に対し救いの手を差し伸す個としての神的存在である。なぜなら人格を癒し得るものはまた人格でなければならないからである。その神は自由なる決意と行動とを以てこの世界を創造し支配し救済する神である。人は神的存在を中心とするシェリングに人間の欠けていることをフォイエルバハと共に非難し、スコラ哲学や神智学の屍の臭いを指摘するかも知れない。しかしシェリングの神はその動機において実存の要求に根差すと共に、その内容においてキルケゴールの実存概念と隔たるところないところまで近接している。ただしシェリング哲学の中心が神的存在であるかぎり、全ての存在規定は神に集中し、神の映像なるがゆえにそれがまた人間存在にも及ぼし得るという点ではキルケゴールとの相異があるにすぎない。それゆえに神的存在が概念と結ぶ関係において、或はグノーシス的煩瑣哲学と見えようと(ヤスパース)、或は形を変えてドイツ観念論の完成と見えようとも(シュルツ)、依然シェリングの後期の哲学の中心的意義は、それが新しい動向の出発点として何人にも先立って実存論的な一歩を踏み出した点にあると言わねばならないのである。
ところでシェリングのベルリン大学での講義には、キルケゴールを始めエンゲルス・バクーニン・ブルクハルトなどが出席していた。けれども彼らは必ずしもシェリングに同調したのではない。エンゲルスはシェリングの思想を追究するのは、師ヘーゲルを屈辱から守るためだと言い、キルケゴールもやがてシェリングの講義に失望しベルリンを去った。しかしエンゲルスのように、ヘーゲル哲学が改めて肯定し直されるにしても、それは一度シェリングのヘーゲル批判を通して反省せしめられた肯定であり、キルケゴールもその非難にも拘わらず、彼がヘーゲルを攻撃するために利用した手法はシェリングの講義に由来するとされている。かく見るとき近代哲学を完成していったドイツ観念論はヘーゲルを頂点として左右に分裂していったというより、一度シェリングを通して左右に分裂していったとも言えよう。ここにシェリングが十九世紀後半に及ぼした思想的役割がある。
シェリングは1843年から4年にかけてベルリンで行った講義で次のように言う。「哲学の第一の問いは、だから実存とは何か、何が実存に属するのか、私が実存を考えるとき、私は何を考えるか、という問いである」と。それではこの実存の要請は時代の意識とどんな関係において強調されたのか。
シェリングは『啓示の哲学』において当時の精神的状況ともいうべきものを描いている。快適な状況を破壊するという恐れから、人は事柄の根底に注意を払うことを避け、「あるいはそれによって世界がたとえ単に習慣的にであっても、なおまとまっている道徳的・精神的諸力が、進展する科学によってとうに覆されていると発言するのを避けている」、そして「犯すべからざるものと考えられていた諸真理は、現代の意識の内にはもはや見出すことはできない」と。しかし道徳的・精神的諸力は本質的には何も失われているのではなく、諸真理も消滅したのではない。むしろ我々自身の意識が古くなってそれらの場所を見出すことができなくなったにすぎないのである。この古き意識はさしずめヘーゲル哲学である。
さてシェリングのヘーゲル批判の核心は次の命題に集約される。「ヘーゲルは現実性に達せねばならない」。ヘーゲルは現実性の概念を『エンチュクロぺディー』で定義している。「現実性とは本質と実存の統一が直接的となったものである」。彼はアンセルムスの「神の存在の存在論的証明」を批判したカントの説をも否定して、カントとアンセルムスを共に超えようとしている。当然ここではカントの有名な可能性としての百ターレルと現実性としての百ターレルが問題となる。一般に古い形而上学は、神は完全性を有するがゆえに、神の本質は同時にその実存をも含むと主張した。しかし本質から実存はひねり出せない。百ターレルの本質を論じることと、百ターレルの存在を経験することとは全く別の事柄だからである。シェリングはカントの説を称賛する。「カントは古き形而上学を破壊することによって、同時に全く新しい学の創始者となった」と。しかるにヘーゲルはこのカントの説を否定して、新しい衣を着るかに見せながら再び古き形而上学への道を歩んだのである。なぜなら先に見たように、彼にとって本質と実存とは一つであり、かつてアンセルムスによって唱導された神においてのみ本質と実存とは一つであるという同一説は、ヘーゲルによって現実的な全ての事柄にまで押し拡げられ、いわゆる理性即現実とされ、本質と実存はその弁証法において統一されてしまっているからである。しかしシェリングはこのヘーゲルの古き道を「中断」し、カントによって発見された「新しい学」を真実の姿で示そうとする。即ちカントによって提示された可能性と現実性の区別を、更に新しい視野で以て「二つの全く異なった事柄」と呼び、後に述べるように可能性(理性)に関わる学を「消極的」とし、現実性(実存)に関わる学を「積極的」な哲学と名づけながら、ヘーゲル哲学の現実性喪失を追究していったのである。この講義を聞いたキルケゴールが、かねて関心のあった「現実性」という言葉をシェリングから聴くたびに心が躍ったと日記に記したのは決して偶然ではない。ではなぜヘーゲル哲学には現実性が欠けているのか。
シェリングは『永遠なる真理の源泉について』において次のような説明をしている。私は一つの円を現実に描く。しかし円の本質は現実の円がどのようなものであっても少しも変わることはない。なぜなら本質は現実の円が正しくなくても、その可能性において常に正しい円を示すべきだからである。彼にとって「本質の国はまた可能性の国である」。だから本質において捉えられた現実は真の現実ではなく、それはどこまでも可能性において捉えられた現実性にすぎない。ここに本質主義の哲学が現実性の前に挫折するゆえんがある。ヘーゲル哲学はまさにこの轍を踏むことになる。
ヘーゲルは理性を謳歌しながら次のようにいう。「理性は実体である。即ち理性によってそして理性において一切の現実性がその存在と存立を有するものである。理性は無限な力である」と。かくして理性は世界を支配し、全ては理性的に生起するのである。これに対してシェリングは考える。「理性はありうる。或はあるであろうところのものを、ただ概念においてのみ獲得する。そして現実的存在に対してもやっぱり再び単に可能性としてのみこれを獲得するにすぎない」と。理性はものの本質を捕える。がしかし捕えた瞬間すでにそれは可能性の国に遊ぶのであり、奇妙なことに現実性は理性の彼方へ立ち去ってしまうのである。確かに現実的なものが理性的に生起するのは人間の願いである。けれども現実的世界は、しかしあるべき本質によってくまなく限定されてはいない。現実はどこまでも現実として「かくあるということDass」以外にはあり得ず、本質的な「何であるかWas」には関わらないからである。新しい学はこの単なる理性を超え出る現実性を直接採り上げなくてはならない。しかるに「ヘーゲルが、かかる存在については何も知らず、かかる概念に対して、それはいかなる場所ももたない」のである。ここに「ヘーゲルは現実性に達せねばならない」とするシェリングの主張がある。
さてシェリングにとって真の現実性は神である。「神そのものの内にはいかなるWasもない。神は純粋なDass、即ち純粋な現実性である」からである。彼がヘーゲルの痛所と見たのは、この神の理論にある。急進的ないわゆるヘーゲル左派の人々も、また他方のキルケゴールも、いわばヘーゲルの神学をどのように解釈していったかによってそれぞれの立場を確保したといってもよい。シュトラウスやフォイエルバッハはヘーゲル哲学の中に隠されていた無神論性を見抜き、いわゆる宗教の人間学的解釈を志向したし、キルケゴールはヘーゲル的な理性による神との普遍的な関係を逆転して、個的な実存と神との関係を論じ、知よりも信に生きることを使命とした。この意味で彼らがヘーゲルの神学思想に対してとった態度は、新しい時代への飛躍を可能にしたのである。ではこうした時代にあってシェリングはヘーゲルの神概念をどのように把握したのであろうか。
一般にヘーゲルに寄せられる非難は「彼の説によると、神は単なる概念にすぎない」という点であるとされる。論理学が彼の哲学の要であるとき、この主張はもっともであるかのように思われる。しかしこれは間違いである。シェリングはいう、「ヘーゲルにとって神は単なる概念であるよりも、むしろ概念が神であり、概念は彼にとって、概念が神であるという意味をもっていた」と。周知のようにヘーゲルはキリスト教の教義たる三位一体論を哲学の内に取り入れている。神は段階的に自己意識的理念になり、そこから自己を自然へ放出し、この自然から自己自身に還帰して絶対精神となる概念であるとする弁証法は、そのまま父・子・精霊の三位一体論に他ならぬからである。しかしシェリングはヘーゲル的な概念の自己運動を否定する。即ち既に見たように、概念はものの本質であり、本質によってはただその可能性が捕えられるにすぎず、これによっては真の現実性へついに達することができないからである。確かにヘーゲルが事柄の中に潜む「論理的関係をかかるものとして取り出したのは非常な功績である」。しかしシェリングによれば、それはどこまでも概念から概念への運動であり、「現実の遂行」という生の現実を動かす歴史の歯車とはならないのである。キルケゴールはヘーゲル論理学を「運動」として捉えたことは功積であるとしている。しかしそれは本質(過去)の運動であり、本質という同一なものの繰り返しであるから、運動と見えたものは実は「幻」にしかすぎない。キルケゴールによると総じて「論理学の中にはいかなる運動も生じてはならぬ」のである。シェリングはこれを先取りするかのように言う、「概念はそれだけでは全く動かずに横たわっている」と。
ところでこうしたヘーゲルの論理学の不備は、シェリングによると「主体なき存在」の論理にある。周知のようにヘーゲルは哲学の「始源」として「純粋存在」を置いた。しかも彼にとってこの純粋存在は可能な限り最も「客観的なもの」であって、いかなる主体性をも全く含まない存在である。しかしかくすればいかにしてこの主体性なき存在は他者へと移行できるのか。またヘーゲルによれば、この「純粋存在は無である」。シェリングはこの命題の曖昧さを指摘する。この命題の意義は二通りに解釈できる。第一には純粋存在即無と解釈することができ、第二には純粋存在は無の「主語(主体)」であると解釈できる。第一の場合は同義反復的命題であって無意義であり、第二の場合はそれが無の主体である限り、無を超えて新しいものを生成することができる。してみればヘーゲルの有・無・成の弁証法は本来第二の解釈でなければならぬはずである。しかしシェリングは言う、「けれどもこうなってはいない。この命題は単に同語反復として考えられているにすぎない」と。もしそうであるとすれば無と等しい純粋存在に一体いかにして創造が可能であるのか。ヘーゲルの弁証法はここに躓く。もちろんここには思想史的な事情がある。フィヒテは自我としての主観を問題にし、若いシェリングは個的自我の外なる客観における主題を問題にした。だからシェリングに続いたヘーゲルは主観よりもむしろ客観的なものから出発する立場を採らざるを得なかったのである。しかし客観に運動はない。歴史と生命の根源はどこまでも「主体」でなければならない。かくしてシェリングは言う、「主体なきいかなる存在もない」と。
もちろんヘーゲルは「事柄はその始源においてはまだ存在しない」と言い、「まだ」の助けを借りて現実に達しようとしている。確かに始源はまだ現実的では「ない」のだから、それは非存在でありながらしかも常に現実へ達せんとする存在可能性であると解せられなくはない。だからあの命題をこのように解釈すれば、「無から現実的な存在への移行」は可能なのである。しかしそのためにも純粋存在は即無であってはならない。生成は「無を見捨て」何かであろうと意志する主体があるところにのみ現実的となるからである。またヘーゲルの根本命題は「実体は主体である」ということであった。いわゆる彼の弁証法的運動は、この主体の否定性において可能であるとされる。してみればヘーゲル哲学もまた主体性の哲学であり、現実への意志をこの、命題の中に認めねばならぬかのように思われる。けれどもシェリングはこれを反駁する。なるほどヘーゲルは「運動の原理」を確保したかもしれない。かかる原理なしに弁証法ははかどらぬからである。「しかし彼は運動の主体を変えた。この主体は論理的概念であったのである」。主体が論理的概念であれば生と現実は把握されない。なぜなら「生と現実について思惟することはできるが、しかし単なる概念については思惟することも想像することもできない。ただまさに語ることができるにすぎない」からである。シェリングには奇妙なことに思えたのである。
そこでシェリングはヘーゲル的弁証法による移行ではなく「それに対しては名前を見出すのが困難であり、純粋に理性的な体系においては、それに対していかなるカテゴリーも存在しないところの他の移行」を説明できる「新しい学」を求めている。それは言うまでもなくローゼンクランツによって回想されたシェリングの「実存哲学」に他ならない。ローゼンクランツは師のヘーゲルを弁護しながらピエール・ルルーに「あなたはヘーゲルの神は単に一つの理念にすぎない、ヘーゲルの体系はただ理性をもつのみで、魂を持たない、シェリングは哲学に暖かさと魂を与え返した」というが、ヘーゲルの「論理学」は全体の一つのモメントにすぎず、「理性の光はなるほど人々を照らしはするが、暖めはしない」と考えるのは「陳腐」なことだと書いている。そして彼はヘーゲルがその点で偉大であった「体系と有機的全体性」の喪失が、シェリングの弱点であるとするのである。
さてシェリングは彼の「積極哲学」を従来の理性哲学たる「消極哲学」と対比させながら、後者がただ「諸対象を思惟において受け取る諸関係についてだけ」論じるのに反して、前者は「実存について、現実的に実存するものについて」論じる学であるとしている。消極哲学はその原理を理性に有し、その哲学はヘーゲルに極まるとされるから、それはいわば近代哲学の性質を集約的に表現したものである。しかしこの消極哲学は「実存」に関わるいわゆる実存哲学にその場を「開放」しなければならない。そしてそれを感じるのが「新しい意識」であるとすれば、学の出発点は自ずと別になる。ところでシェリングは、理性を原理とする消極哲学に対して積極哲学の出発点を次のように書いている。「我々の出発点は、あらゆる思惟に先んずるもの、無制約的に実存するものである」と。「思惟に先んずる実存」とは既に見たように思惟によっては捉えられない現実性であり、しかも思惟することは思惟できない思惟の主体に他ならない。思惟から出発する哲学は全てを思惟の中へ引き入れる。がしかし思惟は思惟できぬとすれば、結局その思惟の基礎は欠けていることになる。基礎のない哲学は絶望に陥らざるを得ない。ここに「理性学の危機」がある。そこで積極哲学は、本質(理性)よりも実存が先立つとする現代の実存哲学に符合を合わせるごとく、思惟の道を「中断」し、むしろ逆にハイデガー的な「投げ出されてあること」としての事実性から出発するのである。
ここで説かれる反転された理念とかエクスタティシュな理性とか言われているものは、思惟を超える存在のあり方を理性の立場から表わしたものとして注目に値する。これはいわば理性科学としての消極哲学が神把握において単なる理念に陥って挫折して後に、存在それ自体を捉えることを標榜する積極哲学が神的存在の把握において採る方法ということができる。現実の神的存在は理性的把握を以てしては尽せないのである。しかしだからと言ってかつてのシェリングのように絶対者把握を知的直観に求めるということは、既にヘーゲルのこれに対する批判によっても明らかである通り、学があたかも神託を以て始まることを許すのに似て真に理論的要求を満足すると言えない。いわんやそれが直接的な感情に依拠するヤコービのような立場に陥らないためにも理性的立場を捨てることはできない。それゆえ一方で理性的立場の挫折を説きながら、他方で理性的立場を堅持しなければならないのである。このようなことは一般にシェリングの理性的思惟のニ重性と見られるのであるが、このことが上のような言葉となって現れるのである。しかもそれは一層具体的にはポテンツの展開を説くシェリングの行論自身の中に現れるのである。
存在のポテンツの展開は、上の意味での予思されざる存在から出発してその展相を辿るわけであるが、それはシェリングによれば同時に哲学の出発点たる存在の段階を求めることと別ではない。ところでこの根源的存在または予想されざる存在に対しては既存の存在を規定する概念はこれを適用することはできない。しかしそうかと言ってこれを規定する手段がない訳ではない。言い換えるとあらゆる存在の前にまたその外にある存在といえども、これを規定する時は、存在と関係して規定する他はない。そこで一切の存在の根源たる存在は未だ存在していないが、やがて存在するであろう存在であるから、それはあり得べき存在であり、しかも他のものによって条件付けられていないことを現わすために、無条件的に一切の媒介なしに「直接的な存在可能者」とすることができる。この直接的な存在可能者は存在するために自分自身以外の何ものも前提しないもの、言い換えると存在に達するために意欲する以外に何ものも必要としないものである。なぜなら一切のあり得べきこと、即ち可能は本来静止している意志で、各意欲は作用的となった可能であるからである。これを要するに直接的な存在可能者とは無条件的にそれ以上の媒介なしに可能性から現実性へ移り得るものである。そして我々は意志以外に可能性から現実性への移り行きを知らず、この移り行きは無意欲から意欲へのそれに他ならないから、直接的な存在可能者はまた存在するために無意欲から意欲への移り行き以外に何ものも必要としないものとも言える。
このように存在に先立つものが直接存在可能者であるとすれば、それはまたあり得るものである以上、あることも無いことも自由なものではなく、従ってこの場合現実へ移る移らないの間には選択はない。それゆえそれはもはや無いことがあり得ないもの、即ち必然的にあるものとされる。しかもそうなるとこのようなものはもはや存在の根源であることを止め、またそこに戻れないものである。そして真の自由はかくあることよりかくあらぬ方に、かく現れたものより現れぬものの方にあるから、かく現れたものは自己を失うことによってあるものということにもなる。そこで我々は再び元に戻って根源的存在はむしろ以上のように存在に移行しないもの、その意味での純粋な可能性、或は存在なき可能のままに止まるものとして、これを純粋にあるもの、「純粋存在者」と呼んで先のあり得るもの、存在可能者と区別することができる。それを意志と関連して言えば、先の存在可能者は意欲可能の意志、今いう純粋存在者は完全に意欲または欲望なき意志と言えるであろう。以上二つを現実存在との関係においていえば、存在可能者の方が純粋存在者より一層現実存在に近いといえる。
以上二つの存在者はまた決して完全に別なものではなくて、同一物の二つの在り方、規定でもある。ところでこの二つはいずれもその特有の一面をもっている。即ち存在可能者は可能態から現実態へと移るものだが、存在へ移るのは可能態を捨てることなしには可能ではないから、可能態と現実態とは相互に除外し合う。つまりどちらにも成れるが、一方に成れば他方に成れないという点にこの存在者の一面性がある。純粋存在者はただ現実態で可能態を全く除外している。しかしその点にまたその一面性があると言える。この一面性から自由になるためにはそれぞれが他となることによって第三者が求められねばならない。即ちそこでは可能態と現実態とが相互に除外し合うことなく、従ってそれは純粋存在者と比べれば存在においても可能態たることを止めることなく、存在可能者と比べれば可能態たるために存在を断念することもないといったもので、一言にすればあることからもあらぬことからも始めて現実に自由なものである。或は意志に即して言えば、作用し意欲しながら作用の源とし意志としてあることを止めない、従ってまた意志としてあるために純粋な非意欲たることを要しないものである。もしまた上の両者をそれぞれ意欲と呼ぶならば、第三者は主でも客でもあるもの、従って自己自身を失わないという意味で自分自身の許にあるもの、或はそれ自体として存在する存在可能者といえる。以上三つの存在者はそれぞれ独立の存在ではなくて、一つの存在の三つの見方であり、相貌(Antlitz)であり、或は規定(Bestimmung)である。そしてシェリングはまたそれを存在の契機或はポテンツとも存在の原理とも呼び、各三者をあり得るもの、あらねばならないもの、あるべきものとか、或はまた、即自的、対自的、即自において対自的とか、自己において、自己の外において、自己の許においてある存在者または精神等と呼んでいる。
我々は精神がこのような即自、対自、即かつ対自といった三つの形態をとって現れ、かかる形態をとって現れるものこそはまた精神であると逆にも言われる点に、既に世代の哲学に現れた弁証法を再び見出すのである。このような展相にシェリングの後期の思想に及ぶヘーゲルの影響を見ることができるかに思われるのであるが、先に述べたようにシェリングが存在のこのような展相を認めつつも、同時にそれに第二義的な意味しか認めないことを言わずにいられないという点に、ヘーゲルとの相異を認め得ると思われる。
この存在の優位の考え方は更にポテンツのこのような展相が神の叡知または意志によるかどうかについてのシェリングの所論にも現れる。ここで我々は再び先の小論『永遠の真理の源泉について』を参照せねばならない。即ちこのように純粋な結果たる神が一切の何かを含み、もしくは展開するということは、もとより偶然ではなく必然的であるが、しかもそれは神が自らにそれを具えているというだけであって、これを意志しまたは知識しているという訳ではない。この自ら意志しないということは、自己以外から付け加わるということで、自己自身にとっては依然偶然的という他はない。それはその本質の中にはなく、概念的に導き出されないのである。しかも依然また神はその存在上当然一切の可能性を具えており、そうならずにはいない点では必然的なものである。言い換えると純粋存在たる神が一切の可能性を含むことは「必然的偶然」ということになる。
この必然的偶然ということこそ、存在と思惟及びそれに関連するポテンツの展開等一切の対立の解決の核心を言い表わしている。それは依然存在の優位なのであって、それが第一に置かれればこそ、存在が理性の枠に入る可能性は理性の要求ではなくて、いわば存在自身の要求でなければならない。しかしそこに意志を置いても、その意志が再び叡知に導かれるものであれば、理性の要求に逆転する恐れがあるから、あらゆる意味で存在の優位を保つためには、それが意志さえされず存在上自ずからそうならずにはいられないという点に帰着させるか、或はたとえ意志とされてもその場合の意志はそうすることもしないことも全く自由な、従って不可測な意志とでもする他ないのである。
さて存在の前に存在を超えたものを見出そうという努力は、まずこれを存在と関係して求める限り、「あるであろうもの」という未来的存在として捉え、その必然的規定を明らかにしたのであるが、結局それが精神の規定である限り、「あるであろうもの」は精神と規定されたのであった。そうなると関係は逆転されて、今までの過程は始元としての精神に達するための過程または階梯で、そこに達すれば階梯は捨て去られ、精神が出発点となり始元となって、今までの過程は改めてその結果として展開されることになる。このような意味での転換は常にシェリングの説くところで、これは或る意味でネガティブな哲学の過程を通ってその極、ポジティブな哲学に到る時にシェリングが常に用いる方法であると言ってよい。そしてそのゆえに消極哲学が上昇的哲学であるのに対して、積極哲学が下降的哲学とシェリングによって呼ばれるのである。しかしこのような転換がいかにして可能であるかと言えば、それはまさにシェリングが、予思されざる存在を捉える時にいつもこれを現実の存在に先立ちながら現実存在になる未来的存在、即ち可能的存在として捉えており、従ってこれを生成の論理の立場から運動の主体または行為的主体として見ていることによると言わねばならないのである。なぜならば、行為的主体こそはポテンツに展開すると共に自己自らたる主体性を失わないものだからである。これを神にうつせば神も存在である限りそのように捉えられる他はないと言わねばならない。そしてそれは人間存在から神を類推するものとも言われ得るが、その類推の成り立つ根本は、人間と神との現実的関係、即ち人間の苦悩に救いの手を差し伸べる神という関係であろう。なぜならばこの関係において見られる限り、人格のみ人格を求め人格のみ人格を癒し得るという点で、神の人格性を要求せざるを得ないからである。いずれにせよこのような転換による主体性の把握こそ神存在へ近接するただ一つの途と考えられるのである。
この場合シェリングが強調することは、以上のポテンツが従来の哲学の最高原因に遡る手段とした悟性概念、即ち範疇でないことである。人は或は存在可能者を可能性に、純粋存在者を現実性に、存在必然者を必然性に当てるかも知れない。しかしそれはシェリングによれば全く誤解である。上の諸規定は具体的なものに全体として適用される普遍的概念でなくて、最高度に特殊的なものであり、一切の生成の、従ってその限り一切の生成した存在の第一根拠たる原可能性であると言っている。これら全ては当然彼が存在の優位を堅持しているからであるが、しかしたとえそれが存在の原理であることによって範疇と区別され、しかもその中には存在に先立ち存在を超える絶対的精神と存在との関係が残りなく与えられているにしても、それだからと言ってこの存在に先立つ絶対的精神の存在の根拠がそれによって与えられたと言うことにはならない。このような精神の根拠が理性によって与えられるためには、理性自身が無条件に立てられねばならない。しかしそうならないことは何らの理性も存在しないことも不可能ではないからである。従ってむしろ理性の根拠が精神にあるので、その逆ではない。しかも精神自身はそれに先立つ必然性はなく、ただあるがゆえにあり無根拠である。ここに一切の合理論の破綻があるわけであるが、しかしそれだからと言ってまた絶対的精神があらゆる意味で証し難いということではない。事実全積極哲学はこの絶対的精神の証しに他ならない。しかし絶対的精神が証されるのは、上の存在の原理が精神に先立つ原理として、これを証明することによるのではなくて、むしろそれが精神の結果としてただア・ポステリオリにそれと示すことによるのであるとシェリングは言っているのである。そしてこのような絶対的的精神たる神の理性に対する優位に、先に述べた神のポテンツ化が神によって欲せられたものでない予思されざる出来事であることも基くのであるし、また神の絶対的な自由も成立するのである。
我々は以上のようなシェリングの主張に或る意味で二つの哲学的思索の方向が絡み合っていることを感ずるのである。その一つは理性科学の挫折により、一切の理性把握を超える不可測な神存在はついに対象化できないがゆえに、一切の客観的認識による証明を拒み、そのゆえにあらゆる形而上学的な神の存在の論証は不可能であり、ただ後のヤスパースの言葉を借りれば暗号の解読によってそれと示されるだけで、専らその証しは実践的に信仰者の実存による証し以外にないと考えられる方向である。しかしまた今一つにはシュルツの指摘するように本来観念論の伝統から対象規定を理性に求める方向で、たとえそれが従来の悟性規定たる範疇とは違うことを認めるにせよ、新しい思惟の意味で理性の挫折を超えながらも、対象規定をポテンツの形で試み、その点で弁証法に通う形態をとって精神の展相を展開しようとし、しかもこの対象規定はあくまでも理性的反省による他ないから、それが依然ネガティブであるからそれをポジティブにするためには、あくまでもア・ポステリオリな充実を必要とし、そのために意志との比論を試みる方向である。この二つの方向は実にシェリングが一方で観念論即ち本質論の伝統でありながら、何かの形で実存論的方向を打開する一歩を踏み出したことに基いている。そしてシェリング後期の哲学全体を通じてそれがその時々に交替し交錯して現れると見られるのである。シェリングが一方でポテンツを説きながら精神はそれを超えるものとし、さらに精神は自己をも超える絶対的自由をもつとするのも、またポテンツの展開そのものを必然的偶然に他ならないとするのも、全てこの二つの動向の間を動揺するシェリングの立場を示していると見られるのである。
しかし以上のいわば哲学の原理論的面は、シェリングが存在自体を目指す積極哲学を主張する限り、再び現実に触れて動揺せざるを得ない。なぜなら積極哲学も学たる限り、依然現実的存在を可能的存在に変え、現にあるものではなくてあり得るものを取り扱うことによって、消極哲学との限界が再び薄れることになるからである。このことを救う道は実践に徹する他ないのであるが、ここにシェリング哲学全体の今一つの動向たる歴史哲学の立場が結びつくのである。これはシェリングが自然哲学に対して打開する新しい動向であったが、それが神存在を中心とする後期の哲学においては、客観的にいえば、神の歴史的顕現とも言うべく、主観的にいえば神的存在の歴史的経験または神的存在についての人間意識の歴史的発展ともいうべき神話と啓示事実に、以上の原理論のいわば現実的証しを求め、かくてそれはあたかも天文学的理論が現実の星の運動によって証かされるのに比せられるのである。そしてこれがシェリングの神存在を対象とする哲学的または形而上学的経験論として挙げる方法に他ならない。即ち積極哲学はあらゆる思惟の外にあるもの、従って一切の経験を超えたもの、全く超越的存在から出発するが、この出発点たる始元が神に他ならないことをア・ポステリオリに証明するのである。つまりその出発点はア・プリオリには神にではなく、ただア・ポステリオリにのみ神だからである。言い換えるとこの絶対的始元そのものは絶対的なそれ自身によって確実な端緒であるから証明されない。むしろそれからの結果が事実的に証明されるべきで、それによってその始元が神たること、従って神の存在することが証明されるのである。この場合の思惟過程は次のようになる。その概念が各々(超越者の概念)である始元はかかる結果を持ち得る(結果はその意志によるから)。しかるにこの結果は事実存在する。それゆえまた始元そのものも存在する(我々が概念的に把握した通りに)。このようなシェリングの方法はまさに上に述べた超越的存在を捉えんとしたもので、それはポテンツの分析に進み、そのポテンツは超越的存在を意志とみる限り、その結果であるとされる。そしてこのように、ポテンツを結果としてみることはやがて存在者を行為的主体としてみることで従って世界は自由な決定に基く行為の結果とみられ、そういうポテンツを示す行為的主体の跡かたは個々の人間の意識の中ではなくて、人類の意識の歴史的過程において示される。しかも歴史は完結することなく過去に遡ると共に未来に達しなければならないから、その点でも積極哲学の歴史的な哲学たるゆえんがある。そしてまたこのような意味で啓示のみならず神話も等しく神の示現に他ならない。神話的宗教は多神教であり、啓示宗教は一神教で、後者のみが真の宗教であるという理由で、神話的宗教を非宗教と断ずることは当たらない。それはただ反転し転倒された真理であるに過ぎない。従って原理において変わりはないとシェリングはみる。またある点では偽れるものが真なるものの前提ともいえる。キリスト教の主要な事業は異教からの解放にあるが、それは異教があってのことで、その点でも異教はキリスト教の前提である。
さて以上によって原理的に見られた神的存在の構造はまた神話及び啓示に如実に現れることが示されねばならない。なぜならシェリングの哲学的経験論の立場は、積極哲学があらゆる思惟の外にあり一切の経験を超えた超越的存在から出発することを許すと共に、またその超越的存在の結果が経験によってア・ポステリオリに存在することが示されることを通じて超越的存在自身の神たることが証されるべきことを要求するからである。ここで結果とシェリングの言っているのは、上述のポテンツ化を意味していると考えられ、従って超越的存在の神たる証しは神話や啓示についてポテンツを指摘することになる。それが積極哲学においてポテンツ論のもつ比重の大きいゆえんである。
ギリシア神話の最初に現れるカオスは、普通単に形態のない物的要素の混乱という風に考えられている。しかしそういう考え方はギリシア人に相応しくない。もし強いて混乱というならむしろ非物質的なポテンツの混乱というべきで、あたかも同一点が円周とも直径とも中心とも言われ得るといったものである。即ち混乱というのは我々が対象において区別できないものを思想において区別することから生じるのであって、決して混乱した混合体というような意味ではないのである。ちょうどそれは我々が神の中に三つのポテンツがあるとした場合と同様で、我々はそれを思想の上では分けるが、それが神においては一つになっている、といってそれは決して神において混乱があるというわけではなくて、ただ三つのポテンツが分かれて現れない前においてはそれは我々にとってはカオスであり、言い換えるとそれは入り交わり我々にとっては区別出来ないというまでである。そこで我々はカオスについて次のように考える。第一にそれはその真の概念に従えば単に物理的な統一ではなくて、一定の絶対的に完結した数のポテンツの統一である。ところでこのヘシオドスのあげるカオスの他に、別の神話によるとヤヌスがあらゆる発展の初めに置かれている。ヤヌスは二つの顔を持っていて過去と未来を見ており、この一方の終わりと他方の始まりというジムボルがちょうど年の初めを現わし、かくてヤヌスは年の初めの月の名(ヤヌアリウス)ともなったとされる神である。しかしシェリングによれば、この神は一層深く解釈すれば、カオスの中に意味されていた統一であって、ただそれが分離して認識されるに到ったものと見られる。即ち二つの顔は相反する二つのポテンツを現わし、一方は存在なき純粋な可能、他方は可能なき純粋な存在で、それがしかも一つになって一存在を現わしている。ところで更にこのヤヌスの二つの顔の間に新月のジムボルが置かれる。古い解釈ではそれはヤヌスが時の神であるからだとされているが、そのことを新月で現わすことに問題がある。むしろこのジムボルで第三のポテンツを現わすと見る方が納得できる。新月は満ちて行く月、即ち未来を、しかも確実な未来を現わす。それは未だあらぬものであるが、あるべきものである。かくしてヤヌスの頭には根源的ポテンツたる「あり得るもの」「あらねばならないもの」「あるべきもの」の最も完全なジムボルが、分かれると共に離れ難く一つになっているということが出来る。即ち全神話の説明の出発点たる最高の概念がヤヌスの中に形をとっているといえるのである。
啓示宗教にあっては、本来真の神が「あるであろうもの」とされ、啓示宗教自体が未来の宗教であると言われているだけ、神のポテンツの指摘はむしろそれに相応しいといえる。モーセがいかなる名を以て呼ぶべきかを神に尋ねた時の答え、「我はありてあらんものなり」は、神は生成する神なることを示している。もとより神は存在をとるかとらぬかについては完全に自由であるから、いかにして存在をとるかまた何によって存在をとるべく動かされるか等のことも問題になるとはいえ、ともかくも生成するものは精神であることによって、神がポテンツに展開することはその意味で当然である。そこで例えば三位一体説のようなものも、シェリングによれば、ポテンツの説によってのみ真の生命を得るといえるのである。
三位一体説の中心となる父なる神と息子と精霊とについて啓示宗教の叙べているところはポテンツの原理と極めてよく一致している。キリストがヨハネ福音書の中で父と息子との関係について言っているところによれば、「父は生命を己のうちに有し給うごとく、子にもまた生命を己のうちに有するように与え給えリ」である。己のうちの生命とは自己の人格としての生命を意味し、この生命を父は本源的な何人からも与えられないものとして持っている。父なる神は、生命が可能に成り立つ限り、彼の欲することを直接なし得るが、息子はこの可能即ちポテンツをまず与えられねばならない。なぜなら息子はそれ自体の一切の可能なき、従ってまたその限り一切の力なき存在だからである。父のポテンツ、即ち神の即自的存在は「直接的な存在可能者」に相当し、息子のポテンツはただ間接的に第一のポテンツを除外することによってのみ成立するから、「純粋存在者」に相当する。息子の本質は彼自身のものを求めない意志たることで、息子はいわば自己自身の意志を持たず、彼の意志は本来ただ彼の中に置かれた父の意志である。そこに息子が見えざる神の映像といわれる意味がある。これを逆にすれば父なる神の意志は直接現れず、息子を通じてのみ現わされる。その意味でまた父において直接的即自態であったものが、息子において対自態となるとも言い得るのである。かくして父が息子を生むということは身体的に同様のものに生命を与えることに止らず、一歩進んで精神的関係をも意味し、やがて息子も父のみがそうであった「存在の主」となって存在を所有し支配する力をもち、ここに息子は父と等しい位格となる。これは根源的主である父なる神のうちになお隠れているが、やがて息子となるべきものが、父によって未来の息子として認められ愛せられることから、やがて父に息子を自己の外に立てる自由が成り立ち、しかも父の神格はこの自由に存するから、逆に息子は父の神格に寄与することとなり、父と息子とは相互に他なくしては存在不可能であることを意味する。従って息子は父なる神と同一の実在的なものを別の仕方で持つだけで、決して二つの別な神があるわけではない。しかしいずれにせよここに第一第二のポテンツがあるわけで、これに対して第三のポテンツは精霊であるが、これは以上根源的生命が可能態から現実態へ移って作用することによって父から息子への発展を示すその全運動を駆り立て促す力だとされる。またそれはシェリングによって父と息子に共通する存在をもつもの、自然に目的を与え、必然性の国に自由を呼びさますものといわれる。そしてこれら三つのものは同一の神の三つの現れにすぎず、相互に相俟って一つの全体を形づくること、ポテンツ論のポテンツにおけると同様である。
我々は以上によってシェリングが積極哲学として樹立しようとしたものの輪郭を行く分とも髣髴し得たかと思う。彼が積極哲学として説こうとしたものは、従来の消極哲学が本質論に終始したのに対してあくまでも存在自体を明らかにする存在論に他ならなかったが、その存在が神的存在に究極する限り、内容的には神話と啓示の哲学となったのである。しかしこうした宗教的なものに哲学が焦点を凝らすことには、時代の動向との関係を忘れてはならないと共に、そもそもシェリングが宗教に寄せる重大な意義を見誤ってはならないのである。彼はおよそ人間の生は全体として二つの極を巡って動いており、その一つが国家であり他の一つは宗教であるという。しかもこの二つの力は緊密に結合していて、一方は他方を欠いては真の影響力を持たないといえる。にも拘わらず現在特に宗教的動向が高まり現実の神への渇望が激しく興っているについては、シェリングは次のように考える。即ち人は国家における外的権威たる法に満足せず、法の圧力に耐え難い呪咀を感じ、この救いなき状態に自己を喪失するのを止めて、自己の内に退き、行動の不幸から逃れて観想的生活に入る。これによって法の圧力を避け良心の要求に従うのである。我々はこのようなシェリングの言葉に超越論的観念論の体系中の実践哲学で説かれたものとはまさに逆の雰囲気を見出すだろう。そしてシェリングによればこの良心こそは潜んだ神であり、従って行動的生活から観想的生活に入ることは神へと向かうことであり、かくして本来神的な魂は神に触れるに到る。この神の再発見は観想的生活で行われる限り、理念としての神の発見であり、それは様々な段階を経て行われる。即ち忘我の行を行ずる神秘的な敬神から、神の姿を写し出すことによって神に近づかんとする芸術を経て、叡知的な理念的な神を観ずる観想的な学にまで到るのである。それは或る意味でシェリング自ら前期の哲学で試みたものであった。しかしこのような実践を断念する立場は結局貫くことができず、活動的生が再び現れ現実が再びその権利を主張する。かくして観想的な神ではもはや満足できず、人は全き絶望に陥り、この分裂を止揚できないで何をなし何を見るべきかに惑うのである。シェリングはここに理性的な観想的立場の没落を説く。それは理性科学としての消極哲学の危機であって、そこに実践的な現実的立場の昂揚があり、現実の存在自体を対象とする積極哲学の要求が現れるのである。従って積極哲学の要求は単に本質に対する存在の要求という理論的なものに止まらず、あくまでも理念的な神に対する現実的な神への要求として実践的な意味を持ち、深く実存に根差した要求である。事実現実の神を求めるものは常に個であり、神へ到る途は常に個から発する。それはただ人格のみ人格を求めるという事実に基き、従ってまたシェリングが求めた現実的存在とは畢竟するに現実に我々の苦悩に対し救いの手を差し伸す個としての神的存在である。なぜなら人格を癒し得るものはまた人格でなければならないからである。その神は自由なる決意と行動とを以てこの世界を創造し支配し救済する神である。人は神的存在を中心とするシェリングに人間の欠けていることをフォイエルバハと共に非難し、スコラ哲学や神智学の屍の臭いを指摘するかも知れない。しかしシェリングの神はその動機において実存の要求に根差すと共に、その内容においてキルケゴールの実存概念と隔たるところないところまで近接している。ただしシェリング哲学の中心が神的存在であるかぎり、全ての存在規定は神に集中し、神の映像なるがゆえにそれがまた人間存在にも及ぼし得るという点ではキルケゴールとの相異があるにすぎない。それゆえに神的存在が概念と結ぶ関係において、或はグノーシス的煩瑣哲学と見えようと(ヤスパース)、或は形を変えてドイツ観念論の完成と見えようとも(シュルツ)、依然シェリングの後期の哲学の中心的意義は、それが新しい動向の出発点として何人にも先立って実存論的な一歩を踏み出した点にあると言わねばならないのである。
ところでシェリングのベルリン大学での講義には、キルケゴールを始めエンゲルス・バクーニン・ブルクハルトなどが出席していた。けれども彼らは必ずしもシェリングに同調したのではない。エンゲルスはシェリングの思想を追究するのは、師ヘーゲルを屈辱から守るためだと言い、キルケゴールもやがてシェリングの講義に失望しベルリンを去った。しかしエンゲルスのように、ヘーゲル哲学が改めて肯定し直されるにしても、それは一度シェリングのヘーゲル批判を通して反省せしめられた肯定であり、キルケゴールもその非難にも拘わらず、彼がヘーゲルを攻撃するために利用した手法はシェリングの講義に由来するとされている。かく見るとき近代哲学を完成していったドイツ観念論はヘーゲルを頂点として左右に分裂していったというより、一度シェリングを通して左右に分裂していったとも言えよう。ここにシェリングが十九世紀後半に及ぼした思想的役割がある。
シェリングは1843年から4年にかけてベルリンで行った講義で次のように言う。「哲学の第一の問いは、だから実存とは何か、何が実存に属するのか、私が実存を考えるとき、私は何を考えるか、という問いである」と。それではこの実存の要請は時代の意識とどんな関係において強調されたのか。
シェリングは『啓示の哲学』において当時の精神的状況ともいうべきものを描いている。快適な状況を破壊するという恐れから、人は事柄の根底に注意を払うことを避け、「あるいはそれによって世界がたとえ単に習慣的にであっても、なおまとまっている道徳的・精神的諸力が、進展する科学によってとうに覆されていると発言するのを避けている」、そして「犯すべからざるものと考えられていた諸真理は、現代の意識の内にはもはや見出すことはできない」と。しかし道徳的・精神的諸力は本質的には何も失われているのではなく、諸真理も消滅したのではない。むしろ我々自身の意識が古くなってそれらの場所を見出すことができなくなったにすぎないのである。この古き意識はさしずめヘーゲル哲学である。
さてシェリングのヘーゲル批判の核心は次の命題に集約される。「ヘーゲルは現実性に達せねばならない」。ヘーゲルは現実性の概念を『エンチュクロぺディー』で定義している。「現実性とは本質と実存の統一が直接的となったものである」。彼はアンセルムスの「神の存在の存在論的証明」を批判したカントの説をも否定して、カントとアンセルムスを共に超えようとしている。当然ここではカントの有名な可能性としての百ターレルと現実性としての百ターレルが問題となる。一般に古い形而上学は、神は完全性を有するがゆえに、神の本質は同時にその実存をも含むと主張した。しかし本質から実存はひねり出せない。百ターレルの本質を論じることと、百ターレルの存在を経験することとは全く別の事柄だからである。シェリングはカントの説を称賛する。「カントは古き形而上学を破壊することによって、同時に全く新しい学の創始者となった」と。しかるにヘーゲルはこのカントの説を否定して、新しい衣を着るかに見せながら再び古き形而上学への道を歩んだのである。なぜなら先に見たように、彼にとって本質と実存とは一つであり、かつてアンセルムスによって唱導された神においてのみ本質と実存とは一つであるという同一説は、ヘーゲルによって現実的な全ての事柄にまで押し拡げられ、いわゆる理性即現実とされ、本質と実存はその弁証法において統一されてしまっているからである。しかしシェリングはこのヘーゲルの古き道を「中断」し、カントによって発見された「新しい学」を真実の姿で示そうとする。即ちカントによって提示された可能性と現実性の区別を、更に新しい視野で以て「二つの全く異なった事柄」と呼び、後に述べるように可能性(理性)に関わる学を「消極的」とし、現実性(実存)に関わる学を「積極的」な哲学と名づけながら、ヘーゲル哲学の現実性喪失を追究していったのである。この講義を聞いたキルケゴールが、かねて関心のあった「現実性」という言葉をシェリングから聴くたびに心が躍ったと日記に記したのは決して偶然ではない。ではなぜヘーゲル哲学には現実性が欠けているのか。
シェリングは『永遠なる真理の源泉について』において次のような説明をしている。私は一つの円を現実に描く。しかし円の本質は現実の円がどのようなものであっても少しも変わることはない。なぜなら本質は現実の円が正しくなくても、その可能性において常に正しい円を示すべきだからである。彼にとって「本質の国はまた可能性の国である」。だから本質において捉えられた現実は真の現実ではなく、それはどこまでも可能性において捉えられた現実性にすぎない。ここに本質主義の哲学が現実性の前に挫折するゆえんがある。ヘーゲル哲学はまさにこの轍を踏むことになる。
ヘーゲルは理性を謳歌しながら次のようにいう。「理性は実体である。即ち理性によってそして理性において一切の現実性がその存在と存立を有するものである。理性は無限な力である」と。かくして理性は世界を支配し、全ては理性的に生起するのである。これに対してシェリングは考える。「理性はありうる。或はあるであろうところのものを、ただ概念においてのみ獲得する。そして現実的存在に対してもやっぱり再び単に可能性としてのみこれを獲得するにすぎない」と。理性はものの本質を捕える。がしかし捕えた瞬間すでにそれは可能性の国に遊ぶのであり、奇妙なことに現実性は理性の彼方へ立ち去ってしまうのである。確かに現実的なものが理性的に生起するのは人間の願いである。けれども現実的世界は、しかしあるべき本質によってくまなく限定されてはいない。現実はどこまでも現実として「かくあるということDass」以外にはあり得ず、本質的な「何であるかWas」には関わらないからである。新しい学はこの単なる理性を超え出る現実性を直接採り上げなくてはならない。しかるに「ヘーゲルが、かかる存在については何も知らず、かかる概念に対して、それはいかなる場所ももたない」のである。ここに「ヘーゲルは現実性に達せねばならない」とするシェリングの主張がある。
さてシェリングにとって真の現実性は神である。「神そのものの内にはいかなるWasもない。神は純粋なDass、即ち純粋な現実性である」からである。彼がヘーゲルの痛所と見たのは、この神の理論にある。急進的ないわゆるヘーゲル左派の人々も、また他方のキルケゴールも、いわばヘーゲルの神学をどのように解釈していったかによってそれぞれの立場を確保したといってもよい。シュトラウスやフォイエルバッハはヘーゲル哲学の中に隠されていた無神論性を見抜き、いわゆる宗教の人間学的解釈を志向したし、キルケゴールはヘーゲル的な理性による神との普遍的な関係を逆転して、個的な実存と神との関係を論じ、知よりも信に生きることを使命とした。この意味で彼らがヘーゲルの神学思想に対してとった態度は、新しい時代への飛躍を可能にしたのである。ではこうした時代にあってシェリングはヘーゲルの神概念をどのように把握したのであろうか。
一般にヘーゲルに寄せられる非難は「彼の説によると、神は単なる概念にすぎない」という点であるとされる。論理学が彼の哲学の要であるとき、この主張はもっともであるかのように思われる。しかしこれは間違いである。シェリングはいう、「ヘーゲルにとって神は単なる概念であるよりも、むしろ概念が神であり、概念は彼にとって、概念が神であるという意味をもっていた」と。周知のようにヘーゲルはキリスト教の教義たる三位一体論を哲学の内に取り入れている。神は段階的に自己意識的理念になり、そこから自己を自然へ放出し、この自然から自己自身に還帰して絶対精神となる概念であるとする弁証法は、そのまま父・子・精霊の三位一体論に他ならぬからである。しかしシェリングはヘーゲル的な概念の自己運動を否定する。即ち既に見たように、概念はものの本質であり、本質によってはただその可能性が捕えられるにすぎず、これによっては真の現実性へついに達することができないからである。確かにヘーゲルが事柄の中に潜む「論理的関係をかかるものとして取り出したのは非常な功績である」。しかしシェリングによれば、それはどこまでも概念から概念への運動であり、「現実の遂行」という生の現実を動かす歴史の歯車とはならないのである。キルケゴールはヘーゲル論理学を「運動」として捉えたことは功積であるとしている。しかしそれは本質(過去)の運動であり、本質という同一なものの繰り返しであるから、運動と見えたものは実は「幻」にしかすぎない。キルケゴールによると総じて「論理学の中にはいかなる運動も生じてはならぬ」のである。シェリングはこれを先取りするかのように言う、「概念はそれだけでは全く動かずに横たわっている」と。
ところでこうしたヘーゲルの論理学の不備は、シェリングによると「主体なき存在」の論理にある。周知のようにヘーゲルは哲学の「始源」として「純粋存在」を置いた。しかも彼にとってこの純粋存在は可能な限り最も「客観的なもの」であって、いかなる主体性をも全く含まない存在である。しかしかくすればいかにしてこの主体性なき存在は他者へと移行できるのか。またヘーゲルによれば、この「純粋存在は無である」。シェリングはこの命題の曖昧さを指摘する。この命題の意義は二通りに解釈できる。第一には純粋存在即無と解釈することができ、第二には純粋存在は無の「主語(主体)」であると解釈できる。第一の場合は同義反復的命題であって無意義であり、第二の場合はそれが無の主体である限り、無を超えて新しいものを生成することができる。してみればヘーゲルの有・無・成の弁証法は本来第二の解釈でなければならぬはずである。しかしシェリングは言う、「けれどもこうなってはいない。この命題は単に同語反復として考えられているにすぎない」と。もしそうであるとすれば無と等しい純粋存在に一体いかにして創造が可能であるのか。ヘーゲルの弁証法はここに躓く。もちろんここには思想史的な事情がある。フィヒテは自我としての主観を問題にし、若いシェリングは個的自我の外なる客観における主題を問題にした。だからシェリングに続いたヘーゲルは主観よりもむしろ客観的なものから出発する立場を採らざるを得なかったのである。しかし客観に運動はない。歴史と生命の根源はどこまでも「主体」でなければならない。かくしてシェリングは言う、「主体なきいかなる存在もない」と。
もちろんヘーゲルは「事柄はその始源においてはまだ存在しない」と言い、「まだ」の助けを借りて現実に達しようとしている。確かに始源はまだ現実的では「ない」のだから、それは非存在でありながらしかも常に現実へ達せんとする存在可能性であると解せられなくはない。だからあの命題をこのように解釈すれば、「無から現実的な存在への移行」は可能なのである。しかしそのためにも純粋存在は即無であってはならない。生成は「無を見捨て」何かであろうと意志する主体があるところにのみ現実的となるからである。またヘーゲルの根本命題は「実体は主体である」ということであった。いわゆる彼の弁証法的運動は、この主体の否定性において可能であるとされる。してみればヘーゲル哲学もまた主体性の哲学であり、現実への意志をこの、命題の中に認めねばならぬかのように思われる。けれどもシェリングはこれを反駁する。なるほどヘーゲルは「運動の原理」を確保したかもしれない。かかる原理なしに弁証法ははかどらぬからである。「しかし彼は運動の主体を変えた。この主体は論理的概念であったのである」。主体が論理的概念であれば生と現実は把握されない。なぜなら「生と現実について思惟することはできるが、しかし単なる概念については思惟することも想像することもできない。ただまさに語ることができるにすぎない」からである。シェリングには奇妙なことに思えたのである。
そこでシェリングはヘーゲル的弁証法による移行ではなく「それに対しては名前を見出すのが困難であり、純粋に理性的な体系においては、それに対していかなるカテゴリーも存在しないところの他の移行」を説明できる「新しい学」を求めている。それは言うまでもなくローゼンクランツによって回想されたシェリングの「実存哲学」に他ならない。ローゼンクランツは師のヘーゲルを弁護しながらピエール・ルルーに「あなたはヘーゲルの神は単に一つの理念にすぎない、ヘーゲルの体系はただ理性をもつのみで、魂を持たない、シェリングは哲学に暖かさと魂を与え返した」というが、ヘーゲルの「論理学」は全体の一つのモメントにすぎず、「理性の光はなるほど人々を照らしはするが、暖めはしない」と考えるのは「陳腐」なことだと書いている。そして彼はヘーゲルがその点で偉大であった「体系と有機的全体性」の喪失が、シェリングの弱点であるとするのである。
さてシェリングは彼の「積極哲学」を従来の理性哲学たる「消極哲学」と対比させながら、後者がただ「諸対象を思惟において受け取る諸関係についてだけ」論じるのに反して、前者は「実存について、現実的に実存するものについて」論じる学であるとしている。消極哲学はその原理を理性に有し、その哲学はヘーゲルに極まるとされるから、それはいわば近代哲学の性質を集約的に表現したものである。しかしこの消極哲学は「実存」に関わるいわゆる実存哲学にその場を「開放」しなければならない。そしてそれを感じるのが「新しい意識」であるとすれば、学の出発点は自ずと別になる。ところでシェリングは、理性を原理とする消極哲学に対して積極哲学の出発点を次のように書いている。「我々の出発点は、あらゆる思惟に先んずるもの、無制約的に実存するものである」と。「思惟に先んずる実存」とは既に見たように思惟によっては捉えられない現実性であり、しかも思惟することは思惟できない思惟の主体に他ならない。思惟から出発する哲学は全てを思惟の中へ引き入れる。がしかし思惟は思惟できぬとすれば、結局その思惟の基礎は欠けていることになる。基礎のない哲学は絶望に陥らざるを得ない。ここに「理性学の危機」がある。そこで積極哲学は、本質(理性)よりも実存が先立つとする現代の実存哲学に符合を合わせるごとく、思惟の道を「中断」し、むしろ逆にハイデガー的な「投げ出されてあること」としての事実性から出発するのである。
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