ヘーゲルとヘルダーリン

 ヘルダーリンが狂気の無為の中に沈み切ってしまうのは1806年のことだが、その兆候は早くから現れていて、ソフォクレスの翻訳に間歇的に着手していた1803年にはすでに隠し難いものになっていた。
 「当地滞在中に僕が見た最もみじめな姿はヘルダーリンの姿だった。・・・彼の精神はすっかり損なわれてしまって、今でもギリシア語の翻訳など多少の仕事をある程度までは出来るとはいえ、全般的には全く茫然自失の状態に陥っている。彼の姿は僕にとっては恐るべきものだった。彼は身仕舞を不気味なまでにおろそかにしていて、話はあまり狂気の様子を示さないが、狂気の状態にある人々の外面的な態度をすっかり身に付けてしまっていた。」(シェリングからヘーゲルへの手紙 1803年7月11日)
 「ヘルダーリンは去年よりは良い状態になっているが、やはり、はっきりした錯乱の様子を見せている。精神錯乱の状態はソフォクレスの翻訳に十分現れている。」(同・1804年7月14日)
 1803年の手紙でシェリングはヘーゲルに、イエナでのヘルダーリンの世話をしてくれる気はないかと尋ねているが、一応の承諾を示しながら、ヘーゲルの返事はどこかよそよそしい。もっとも、幾つかの仕事でようやく社会的に認知され始め、経済的にも何とか安定した地位を得始めたとはいえ大学の私講師にすぎない33歳の男に狂気の友人を世話することは何とも憂鬱なことに違いないし、「彼を引き受けようとするなら、全く彼の家庭教師の役割を果たして、根底から建て直してやらなくてはならないだろう。まず彼の外見に対する驚愕を抑えてしまえば、彼は穏やかに沈んでいるのだから、別に苦にはならない」、というシェリングの言葉は、先行きを考えれば我慢できないほどに鬱陶しい事態を予想させるのだから、このよそよそしさは当然のことだろう。ともあれ、こうして『精神の現象学』を1807年、37歳の年に上梓する準備をし始めていたに違いない時期、ヘーゲルは汗臭いボロのかたまりのようになった友人の近況を知り、恐らくは一瞬、その男が彼の手元へ送られてくることの物理的な鬱陶しさに怯えたに違いない。
 この後もヘーゲルはヘルダーリンの世話を引き受けていたシンクレーアにたびたび狂気の詩人の近況報告を求めていた痕跡があるが、しかし彼がヘルダーリンの現実の狂気に対して示した態度の証拠はほとんどこれ以上のものは残っていない。狂気に陥る以前に交した書簡、26歳の折にヘルダーリンにささげた詩を残しているのを除けば、ヘーゲルの仕事の中に直接ヘルダーリンに触れた部分はないし、その狂気が彼の仕事に何らかの影響を及ぼしたという証拠となるような箇所は恐らくほとんどない。ヘルダーリンは1843年、73歳で死ぬ。61歳で死んだヘーゲルの死の12年後である。
 要するにヘーゲルがヘルダーリンの狂気を恐れていたこと、これはセンチメンタルなメロ・ドラマにすぎないわけである。ヘーゲルが友人の狂気を知って、自らにもあり得る事態としてそれを恐れたということ、時代の思考の象徴的運命のようにそれを恐れたということ、これもほとんどありそうもない。脳水腫を伴った外因性のものだった疑いも濃厚なのである。恐怖があったとすれば狂気の友人が自宅の扉の前に立つという鬱陶しい事態、その訪問を断ることが難しいかもしれないという事態への恐れぐらいのことだろう。しかし、ヘーゲルの体系にはどこか遅延された狂気、あるいは狂気を遅延させようとするために巧妙に構築された営みの集積といった印象が残るのは確かである。

 ヘーゲルが26歳の年にヘルダーリンに捧げた詩、当然のことながらここにはドイツ・ロマン派風の単純さを読み取ることができ、青年ヘーゲルは思念の弁証法的媒介性や限界を越えた観照と想像力の無邪気な直接性への信仰を口にしている。
 「心は観照のうちに没し去り、
  わが物と呼んでいたものは消え去り、
  わたしは測り難いものに身を委ね、
  私はその中にあり、万有であり、ひたすら万有なのである。
  これはふたたび帰ってきた思念にとっては異様で、
  思念は無限なるものに怯え、いぶかるばかりで、
  あの観照の深みを再び捉えることはできない。  
  想像力は心に永遠なるものを近づけ
  それを形象と結婚させる。」

 こうした無邪気な「崇高なる永遠性」との直接的な融合、個と宇宙的全体性との観照的直観を通じた、ロマン派風の、いわばホリスティックな交流への信仰は数年の間にヘーゲルの中から姿を消して行くことになるが、ともあれ、遅れてきたロマン派的青春としてヘーゲルがこうした場所を経過したという事実は残る。
 この詩に対してヘルダーリンがどのような感想を口にしたかは証拠が残っていない。第一これがヘルダーリンの手元に送られたという証拠すら残っていないのである。しかしこの時期すでに『ヒュぺーリオン』を執筆しつつあり、79年頃、つまりはヘーゲルがこの詩を書いた3年後『エンペドクレスの死』を書き進めながら『エンペドクレスの底にあるもの』と、ドイツ語文としても、思考の運びとしても異様な論考の未完断片を書くに至るヘルダーリンにとってヘーゲルの詩があまりに無邪気過ぎるものと映っただろうことは疑いない。
 同じ年齢の青年としてヘルダーリンがヘーゲルと同じロマン派的風土の中にいたことは疑いない。思念に対して観照の直接性を信ずること、一挙に永遠なる直接性の中に入ってゆくこと。しかし、ヘルダーリンは直接的なるものの単純さをもはや全く信じていない。直接的なるものはそれ自体激しく引き裂かれ分裂したいわば狂気の体験を内包していて、仮にそこに静穏さが可能であるなら、それはそうした狂気を代償にしてでしかないことをヘルダーリンは認めているからである。
 
 「悲劇的な頌歌は、最高度の燃え上がりの中から始まる。純粋な精神、すなわち純粋な親密感、がその限度を踏み越えたのだ。それは生いる色々な結合力を・・・つまり意識とか省察とか、もしくは肉体的な感性と呼ばれるものを適当にそれぞれの分に留めて置くことをしなかった。そこでこうした親密感の過度によって、もつれが起こるが、こうしたもつれは、悲劇的頌歌が、純粋なものを表現するために、最初に設定するものといえる。それは勢いの赴くところ、分裂と行き詰まりに陥ることを悟り、そこからその行き詰まりを全く認めないような純粋なもの、超感覚なものの無分裂・無差別の極限に進み、ここに一転して一つの純粋な感性、すなわちもっと謙虚な親密性に移ることになる。・・・したがってそれは分裂の極限を経由して、あの静かな思慮と感覚に移らなければならない。」(『エンペドクレスの底にあるもの』)

 あらゆる思念、理性的思考を突っ切って一挙に永遠との合一(親密感)へと赴くこと、それはもはや穏やかに許されるものではなく、限度を踏み越えた経験として与えられ、そしてそこに異常に錯綜した分裂と組織化と、組織化の消滅と絡まり合った場所が現れることになる。『エンペドクレスの底にあるもの』の冒頭部分ではとりあえず一言で「一転してもっと謙虚な親密性に移ることになる」と述べられているが、この「謙虚な親密性」に至ることのほとんど絶望的な困難さが以降この異様な論文の主題となり、それは次第に「直接性の弁証法」とでも呼ぶべきものを形成しつつ、合一の不可能性を狂気において合一の夜明けへと偽装して行くかのような身振りを示しながら、異様に明瞭な苦痛の中に分裂して行くことになるだろう。
 ヘルダーリンは直接性における青年ヘーゲルの単純さを認めない。思念を越えた想像力-親密性の経験はそれ自体錯綜した弁証法によって引き裂かれており、垂直的に底-基底へと開かれた感性は砂漠の無為に引き裂かれて行くようにして自らを支えながら、自らの分裂を(あるいは狂気を?)、引き受けねばならないのである。

 ところで重要なのは、ヘルダーリンの直接性の弁証法、あるいは先走りを承知で言えば、狂気の弁証法が、その構図においてヘーゲルが後に、歴史の営みという形で敷衍していく精神現象学的弁証法に酷似しているという点である。
 「この中間に闘争がある。また個体の死という現象がある。死とは、組織体的なものがその『われ』という存在、すなわち極限に達した特殊な在り方を放擲する瞬間であり、また非組織体的なものの方からいえば、それがその一般性を、太初のようにイデアルな混淆においてではなく、レアルな最高の闘争の中で放擲する瞬間である。自身の極限に立っていた特殊なものは、非組織体的なものの極限に向かって、能動的に自身をますます一般化し、自身の中心点からますます自身をもぎ離さねばならないし、また一方、非組織体的なものは、特殊的なものの極限に向かってますます自己を集中し、ますます中心を獲得して、最も特殊的なものとならねばならないのである。その時ここに非組織体的となった組織体的なものは、非組織体的なものの個体性に固執しつつも、自己自身を再発見し、自己自身に復帰するかのようにも見える。また、客体、すなわち非組織体的なものはそれが個体性を獲得する瞬間に、同時に、組織体的なものを非組織体的なものの最高の極限に見出すことによって、自己自身を再発見するかのように見える。そこで、この瞬間において、すなわち、この最高の敵意の誕生において、最高の和解が実現したかのように見える。しかしこの瞬間の個体性は、単に最高の闘争の所産であるにすぎないし、その一般性も単に最高の闘争であるにすぎない。」(『エンペドクレスの底にあるもの』)
 ヘルダーリンの複雑な論考がヘーゲル的弁証法の構図を、組織体的、非組織体的、つまりは有機的、無機的といった用語を用いながら一挙に凝縮したものとして現れることがわかる。ヘルダーリンはヘーゲルが精神現象学的歴史へと繰り延べて行くことになるだろうものを、有機的なものと無機的なものとの間に垂直かつ直接的に繰り広げられるレアルな弁証法として、いわば乾立させ、あるいは没落させようとしていると言ってもよい。そしておそらくヘーゲルがヘルダーリンの狂気に怯えたとすれば、それは先取りされたこの直接性の弁証法が示す様相においてであるだろう。

 ヘルダーリンの直接性の弁証法、これがヘーゲルのそれに酷似しながら本質的に異質であることを認めておかねばならない。まずそれが決して観念の運動として描かれてはいないということ。むしろそれは唯物論的構図の方に近く、組織体、非組織体、つまりは有機体/無機性の交錯に関わる弁証法である。それはエンペドクレスのそれのように非組織体/海/砂漠を前にした有機的特殊を基底にした弁証法である。
 「こうしてエンペドクレスは、その風土と時代の子、祖国の子であり、世界が彼の眼前に展開したところの、自然と人間との激しい諸対立の子である」。換言すれば、これは炎と原子論の中で炎上する弁証法なのである。したがって、弁証法の末端の光景はヘーゲルとヘルダーリンにおいて全く異なるものとして現れてくることになる。ヘルダーリンにおいてもヘーゲルと同じく死が局限的な媒介として機能するが、それはあくまでも唯物論的な構図の内部においてであり、したがってヘーゲルにおけるような観念的な最終的超越がそれを至高の合一への媒介として呑み込み解消して行くことはない。ヘルダーリンにおいてそれはほとんど具体的な死の無意味と同じように機能し、ただその限りでのみ或る合一、というのは、個体が経験する死すれすれの瞬間に予測されるだろう場所、無機物が無限に有機物に接近し、有機物が無限に無機物にするだろう場所、言葉と物が見分け難くほとんど同じものとなる場所に予測される合一、であり、したがって、ヘーゲル的豊かさ(?)とはほど遠い、干からびた、貧しい合一であるとさえいえるだろう。
 「このようにしてエンペドクレスは、その時代の犠牲とならなければならなかった。エンペドクレスを生み出した運命の諸問題は、彼において、外見的に解決されなければならなかった。またこの解決は外見的な、一時的なものと見えなければならなかった。これは多かれ少なかれすべての悲劇的人物に共通するものである」。外見的かつ一時的なものとして実現される合一。
 こうしてヘルダーリンの直接性の弁証法はそれ自体、狂気の弁証法としてその姿を現してくることになる。なぜならそれは積極的な貧しさを伴った仮死の弁証法と言ってもよいからである。非組織体的-無機的な場所へと没落していく組織体的-有機的なるものは、無機的なる領域に自らを失い、その貧しさの中に果てしなく分散していく限りにおいてのみ辛うじて有機性と無機性を超えた、あるいはそのどちらにも属さないアトムへの拡散的合一を許されることになる。これを懐かしい(?)用語を用いて、器官なき身体の弁証法と呼んでもよい。言うまでもなく器官なき身体 Corps-sansorgans はフランス語の無機物からの創出されたであろうアントナン・アルトーの造語であり、有機/無機のどちらにも属さない或る分散状態を指すだろうからである。ともあれ、ヘーゲルとのさらなる相違として、ここに現れる合一はあらゆる差異を最終的に呑み込んで行く超越的合一とは全く異なることを認めておく必要がある。なぜならここにおいて見出されるのは、仮死の極限的な貧しさにおいて広がり出す最後の差異の光景だからである。「・・・あえてこれを極言すれば、彼は、自己を喪失し、自己を意識することが少なければ少ないほど、却って差異的、思考的、形式的、組織的、組織体的となるのである」。
 狂気の弁証法、と言うのはそれが我を失い、しかも広大な宇宙論的合一をではなく、文字通り分裂した自己として実現されるものであり、しかも具体的な死において開かれようとする限りにおいてそれは貧しく、回収不能の分散/分裂としてのみ実現されるものであるだろうからである。エンペドクレスにおいて実現された人為と自然との統一は死の果てしない貧しさにおいてのみ開かれる回収不能の狂気の別名であるだろう。

 ヘーゲルはおそらくヘルダーリンとは別の道筋で想像力における直接的な合一が青年ロマン派風の無邪気な夢想にすぎないことを見て取る。そこには無限の弁証法的労役の領域が開かれ、その螺旋は全てを没落させばらばらに巻き込んでいってしまうだろうし、おそらくはヘルダーリンを囚えるにいたった不毛な分裂性の狂気へと全てを導いていくことになるだろう。そこに体系が築かれることは決してなく、全ては不毛な営みの中に炎上してしまうことになるだろう。
 体系は築かれねばならない。全て真理性において回収されねばならないとすれば?
 ヘーゲルの解決は巧妙だが単純なものであるだろう。まず直接的合一というロマン派風に信仰に手を付けず、それをそのまま歴史の末端に移動させること。いつの日か誰かがそこに至りつき、そこにおける狂気を引き受けねばならなくなるにしても、ともあれそれは今日ではないし、その距離においてそれは或るきらめきとして体系を導くロマンティックな夜明けとして機能してくれることになるだろう。そしてヘルダーリンが直接性の弁証法として合一の基底の中に築いたものを外へと引き出し、理念とその歴史に関わるものへと書き換えることが問題となる。つまりは合一の中に直接的に入って行ってしまったヘルダーリン的狂気の危険を回避するために、合一の領域を歴史の外部へとひとまず追いやり、いわば一種の失楽園の弁証法を創設することが問題となる。それによって弁証法を思考と人間による歴史的営みとすることが可能となるだろうし、その営みを支えるものとしての体系が可能となるだろう。とりあえずヘルダーリン的狂気を外部へと遠ざけ回避し、その猶予の場所に歴史へと転写された弁証法を築き上げることが試みられ、完成することになる。
 
 ヘーゲルがヘルダーリンを恐れたとすれば。これはあるいはもっと単純で、ヘーゲルがヘルダーリンへと捧げた詩を読んでヘルダーリンがあげたかもしれない哄笑への恐れであったかもしれない。というのも、あらゆる屈折を帯びながら、しかし、ヘーゲルの体系は結局この若年の稚拙な詩に表出されたものを展開したものにすぎないともいえるからである。なるほど後年のヘーゲルは思念の彼岸の感性的な直接性を信ずるほど素朴ではなかった。しかし彼は今でなくともいつの日かその直接的合一が可能であるだろうことを(敢えて?)疑おうとしなかった。それを疑わなかった点でヘルダーリンも同じだが、ヘルダーリンはその可能性を一挙に使い切ろうとし、そして合一が無限の分散と同じものとなってしまう領域へと拡散して行った。しかしヘーゲルはそれを歴史の末端部に移行させることによって永遠の可能性として温存し、若年の素朴なロマン派風の夢想を異常に大仕掛けの体系にまで膨張させる形で展開させることになるのである。ヘーゲルはヘルダーリンの狂気の弁証法を恐れた。それ以上に、彼が築き上げた体系を、あの若年の詩を読んであげたに違いない同じ哄笑によって笑うヘルダーリンを恐れたとすれば。

 ヘーゲルの予言が今や現実のものとなりつつあると言った議論は差し当たりどうでもよいことである。それは単に19世紀以降の西欧がヘーゲルと同じ身振りでヘルダーリン的狂気を遠ざけ回避する形で自らを支えて来たということだけのことだろうから。だからヘーゲルの予言の司祭の身振りで歴史の終焉などを口にすることには何の意味もない。繰り返すが今やすべてはヘーゲルの予言通りであるかのように見えなくもないとしても、それは私たちがヘーゲルと同じ軌道を通って夢想の時の不気味さを歴史の末端へと回避しつつ、仮説されたその道程をほぼ使い切り、円環を描いてとりあえず回避されていたその場所へと辿り着いたらしいというだけのことにすぎない。おそらくヘーゲルが存在しなくとも私たちはこの場所に到りつくことになっていたのである。
 
 どうしてもヘーゲルと言うなら、社会主義国の崩壊やら歴史の終焉やらと言った空虚な戯言はさておいて、私たちは若年のヘーゲルが書いた詩の夢想の場所に再び辿り着いているらしいということの方が重要であろう。或る種のエコロジーや或る種のトランス・パーソナル等々といった最近の思考と実践の潮流の核をなすものがヘーゲルのロマン派風夢想の詩が語るものに不思議なほど酷似していること、少なくともその言説が酷似していることは誰の眼にも明らかである。その意味で私たちはヘーゲルの予言の末端にいるのではなくその出発点にいると言ってよいのかもしれない。「空想は心に永遠なるものを近づけ、それを形象と結婚させる」。とすれば私たちは今から再びヘーゲルが書き切った事態を最初から生き直そうとしているということになるのであろうか?例えば再び未来に全てを設定し直して、歴史的弁証法の歯車を起動させ新たな千年紀を開始すること?

 しかし使い古された言い回しだが、歴史は二度目には喜劇としてしか起動しない。なぜなら私たちは今やヘーゲルの遅延されたロマン主義的合一の夢想の傍らにヘルダーリンがいたことを知っているからである。そしてヘーゲルの巨大な体系がヘルダーリンの場所を歴史の中に回収するように見えて実は遠巻きに回避する形で自ら歴史として支え、自らを科学化された夢想として設定していたらしいことを知っているからである。歴史の傍らに押し黙る「身仕舞を不気味にまでおろそかにした」男の姿を知っているからである。そしてその強烈な弁証法が予めヘーゲル的弁証法の基底を奪い脱臼させていたことを知っているからである。
 大きな、しかしたかだか百年あまりの円環の後に私たちがヘーゲルの出発点にいるのだとすれば、同時に私たちは幾分かヘルダーリンの場所にもいることになるだろう。ヘーゲルの中にいると同時に狂気として機能する弁証法の傍らにもいると言い換えてもよいかもしれない。だから、私たちの中でヘーゲル的弁証法は予め脱臼された姿でしか起動を開始することはないことになるだろう。つまり喜劇として。そして逆に私たちは幾分か切迫したヘルダーリン的狂気の中にも住み着いてしまっていることにもなるに違いない。ヘーゲルが喜劇として回帰して来るとすれば、これもまたヘーゲルと共に回帰して来たヘルダーリンの切迫した狂気もまた別の喜劇として起動していると言い得るのだろうか?例えばドゥルーズがかつてない鎮静した切迫を帯びて口にする「使い切られた者」の爆裂的な沈黙の陽気さ、べケット的沈黙の陽気さのような形で?
 ヘーゲルが今や再び恐るべきものとして現れるとすれば、それは彼の体系が私たちが選び得る一つの選択について、それを閉鎖する形で、すべてを書き切ってしまっているという点にあるだろう。ヘーゲルがヘルダーリンの周囲で選び取ったものを再び生き直すこと、それはヘーゲルを閉鎖された未来の予言書として生き直すという途方もなく退屈な倒錯を意味するだろう。私たちは全てがヘーゲルによって書かれてしまったがゆえにそれを選択する道を奪われ、あるいは喜劇としてしかそれを生き直すことが出来なくなっている。とすれば残されるのはヘルダーリンの場所であるということになるだろうが、その場所が要請する汚辱の無残さを私たちはどれほど耐えることが出来るだろう。退屈な結論だが、私たちはヘーゲルとヘルダーリンの中空で挟み撃ちにされ、どちらにしろ喜劇になるしかない身振りを要請されているということになるかもしれないわけである。例えばヘーゲルの異様な生真面目さが今やある種の喜劇に見えるとして、ヘルダーリンの緊迫した劇史『エンペドクレスの死』の冒頭ももはや或る喜劇の匂いの中で読まれるとすれば。

 「これがあの方のお庭です!あの秘めやかな暗がりの中に泉が湧き出ているところに、あの方はついこの間私が
通り過ぎたときに立っていらっしゃいましたわ。あなたはあの方のお姿をごらんになったことがありませんの?・・・ぜひ、今のお姿をごらんにならなくてはいけませんわ!今のお姿ですよ!噂では、あの方がお歩きになるところでは、草木があの方に気を取られるし、あの方の杖が地面に触るところでは地下の水が湧き上がって来ると申しますのよ!みんな真実のことかもしれませんわ!それに嵐の来ている時に、あの方が空に眼がお向けになると、雲が分かれて、明るい陽が輝き出ると申しますわ。けれどもそんな噂がなんでしょう? ご自分の眼でご覧にならなくては!ひと目だけでも!それからお帰りなさい!私自身はあの方を避けています。あの方の中には、恐ろしいほど何でも変えてしまう力があるのですわ・・・。」(『エンペドクレスの死』冒頭)

 ヘーゲルを転倒すること、それに大した意味はない。それはすでにヘルダーリンによって疑義にふされ、潜在的に転倒されているからである。では私たちはヘーゲルの外に出ることは出来るのか?出来るだろう。なぜならヘルダーリンの場所があるからである。しかし、それを私たちは欺瞞なしに耐えることが出来るのか。当然のことながら困難である。こうして私たちはヘーゲルとヘルダーリンの領域に挟まれ、あるいは正確に言えばヘーゲルの縁でヘルダーリンの荒涼とした基底を目前にして、倒錯した形で不快と静穏の気配を同時に感じながら、ヘーゲルの体系に(つまりは近代に?)反動的な救いを求めてすらいる状態なのだろう。恐らくなおしばらくの間私たちはここから外に出ることは出来ない。














































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