実存主義と文学(4)

 ラスコーリニコフは自己無化に陥った時、自らの形而上学的悪としての罪性を認めた。このことは彼の夢(老婆の夢、エピローグにおける神秘的夢)によっていっそう明白となってゆくが、この夢の問題はドストエフスキーの創作する人神思想の体現者の意識現象に特有な意味をもっている。それは、全く別の方向からではあるが淫蕩漢スヴィドリガイロフにも顕著に表れている。彼もまた、目的さえ定まれば道徳的悪業は許容されるとする点で、ラスコーリニコフの分身であるが、彼はこれを、本能と欲情とをもって女性を凌辱するために用いる。奸計を弄してドウーニャを凌辱しようとするが、失敗した彼は、以後自己の内に空洞を感じてそれを自殺によって埋め合わせる。この自殺による死の直前に前後不覚となって夢を見る。それはかつて犯した娘が無気味な微笑を顔面にたたえ亡霊のように姿を現す夢であるが、この夢の中に現れた他者の現前化がスヴィドリガイロフの罪性を明らかに証示している。概してドストエフスキーの創作による悪魔的人物は、ほとんど夢に脅かされているが、そのことは彼らの心理的異常性というよりも、あるいは宗教的意味での霊の存在の出現というよりも、むしろ夢を見る主体の自己無化の反照がもたらす神秘性にあるというべきである。
 しかし一切の終局において待ち受けていたこの自己無化は、行為者としての主体的自己を無化したが、観念としての超人思想そのものを決して消去させたのではない。それゆえにこそまた彼の孤独と虚無意識はひとしお濃厚な色彩を放ったのである。論理的自殺を遂げる『悪霊』のキリーロフは、まさにそういうラスコーリニコフの発展的分身と言い得る。なぜなら、行為の無意味さを余すところなく熟知しているキリーロフにとって、超人の理念の属性、我意の最高表現は自殺に他ならないからである。その意味で言えば、複雑な問題は残るが、スタヴローギンはスヴィドリガイロフの延長線上にいる人間であるといえる。そこに『悪霊』の巨大な悪問題があるが、ヴェルホーヴェンスキーに代表されるようにそれは政治学的な悪問題を内に内蔵しており、別の視角を要するように思われる。が、いずれにせよ一人物の観念の挫折は決してそれで尽きることなく様々な形をとってより尖鋭化され、より発展されていくのであり、悪の弁証法はイワン・カラマーゾフに到るまでの人神思想の底に脈々と流れ、継承されている。このドストエフスキー文学による人神思想、悪魔主義の不断の徹底化は、悪のための悪の運動がある地点で固定化され、秩序化されて停止する時、それが否定の本来的意味を喪失してしまうこと、またそれと同時に逆にニヒリズムも一つの思想に堕すること、この両方への警告を示唆している。
 ところで、キルケゴールにおいては、悪魔的人間の倨傲の行為は、叛逆として論究されている。それは、絶望して自己自身であろうと欲することとされ、その意味で、ドストエフスキーの自己同一化の運動と軌を一にしていると言ってもよかろう。「絶望してそれであろうと欲するものは、まさに自己であり、それだから彼は自己を、自己を措定した力に対するあらゆる関係から引き離そうとしたり、あるいは、そのような力が現に存在しているという観念から自己自身を引き離そうとしたりする」。ドストエフスキーにおける悪魔的自己同一化がもたらす背神性がそこには表現されており、しかもキルケゴールにおいてもまたこの悪魔的志向は、「自分が殿堂の構築を完成したかに見えるまさにその瞬間に、自己は気ままに全体を無に解消する」とされ、これを彼は「自己自身になろうとする絶望」と結論する。絶望を通過せずして真の信仰に到り得ないとするキルケゴールが、この悪魔的絶望を「最強度の絶望」と規定するところに、それのもつ深い逆説性がある。そのような悪魔的絶望の必然的経路は、ドストエフスキーにおいては、ラスコーリニコフのソーニャへの漸次的傾斜がそうであるように、人神思想(ムイシュキン公爵、アリョーシャ等)との出会いである。
 いずれにせよドストエフスキーの悪を基軸とした人間把握は、一方で人間のなし得る悪はどこまでも許容されているという確信と、それにも拘わらず、反面で常に自己無化に曝されている人間の確証との弁証法的手続きを経ることによって、そこに無底の自由に置かれた実存の逆説性を開示している。それは、実存主義の出発点としてドストエフスキーの人神思想を位置づけるサルトルに即していえば、「自由の刑に処せられている」人間存在の、本来的な否定性・罪性というあり方で、現代の実存的精神状況にも継受されてくることになる。ラスコーリニコフがシベリアの監獄で熱に浮かされながら見た、アジアの奥地からヨーロッパに向けて進行する繊毛中の悪夢は、土地の差異こそあれ、キルケゴール、ニーチェと共に同じ19世紀の理性の侵蝕に、来るべき20世紀の精神状況を予言したドストエフスキーの、暗いが、鋭い危機意識であった。

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 一般に「二律背反」と訳されている「アンチノミー」(Antinomie)とは、二つの相対する命題が、定立と反定立として、同等の権利をもって主張される事態を指している。言葉として用いられたのは非常に古く、ローマの修辞家クィンティリアヌスやギリシア末期の歴史家、『英雄伝』の著者として有名なプルタルコスにまで遡るといわれる。近世になると、17世紀の初頭に最初の『哲学辞典』を編纂したドイツの論理学者ゴクレニウスが広狭両義に亙ってこの言葉を用いている。アンチノミーという言葉が示しているように、ノモス(nomos ギリシア語で習慣とか法律の意味)とアンチノモス、つまり同一の法体系の中で用いられる個々の法律の間の矛盾対立を意味する。神学的な意味では宗教改革者のルターが、旧約聖書的な「律法の掟」と新約聖書に現れる「恩寵の掟」との異なった法則性を指してこの言葉を用いている。このような神学的意味においてルターは「アンチノミストを駁す」という著作を書いている。
 この概念を哲学に導入して大幅にその意味を展開したのがカントである。理性が世界の全体(時間的・空間的な世界の始まりと終わり、世界を構成する物の究極的単位、神の存在など)を問う根本問題に対して、独断的(これはキリスト教神学における教義学的ドグマに対する批判・否定の意味が込められている)に答えようとするとき、イエス(テーゼ)とノー(アンチテーゼ)という矛盾した答えが全く同等の権利で引き出される。それによって理性は必然的に対立抗争の中に巻き込まれる。このようにして陥った理性の窮境から理性はいかにして脱出できるか。
 アンチノミーという問題そのものの発見と、その解決ということが最大の動因となって、カントの『純粋理性批判』が書かれたことは、哲学史上よく知られた出来事である。
 アンチノミーは典型的な論理的対立を示す事態として、カント以後も、その解決を目指して、ヘーゲルを始めとする弁証法論理、集合論のパラドクスの解決に腐心する数学基礎論、さらに現代の分析哲学や言語論の中で、その根本問題の一つとして扱われている。論理や言葉が、その論理や言葉の描く観念の中にのみ終始しないで、何らかの形で、現実的なものの存在に触れるときに必ず生ずる問題だからである。その場合の現実とか存在という概念の中に、世界や神の存在が介入してくるとすれば、アンチノミーという論理的矛盾は、それに直面している、あるいはそれを担っている人間の心理的緊張や葛藤、また世界観の闘争として、壮大な人間的ドラマを惹き起こす根拠ともなる。その一例としてドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』(1879-80年)の思想を最初に取り上げながら、巨大な問題系を構成するアンチノミーの一側面に光を当ててみたい。
 「思想家は哲学の径をどこから出発してどこへ向かおうとも、カントと呼ばれる橋を通らなければならない。思弁的構成主義の七不思議の一つであるこの哲学の橋は、人間の経験の高い土手でしっかりと護られているとは言うものの、凍り付くような救いのない風がこの橋に差しかかった旅人の脳髄に沁みわたり、彼は辺りの薄暗がりの中に生命の太陽を徒に探し求めることになる。このかじかんだ思想家は、どんなに慎重にゆっくりと、繰り返し息継ぎをしながら歩みを進めたとしても、まだ橋の半ばにも達しない内に、自分の足取りが不確かで、足元の橋がぐらつき揺れていて、自分が怪しげな懐疑の道を歩んでいることを感じざるを得なくなる・・・」。
 この引用文は『ドストエフスキーとカント 「カラマーゾフの兄弟」を読む』の著者ゴロソフケルの文章である。それは『カラマーゾフの兄弟』の影の主人公が、カントのアンチノミーのテーゼとアンチテーゼという純粋理性の惹き起こした対立抗争そのものであることを解説する章の冒頭に掲げられている。『カラマーゾフの兄弟』の中で、カントの名前や著作はむろん一度も出てこないが、両者の内面的関係は上の引用からも窺えるであろう。さらにゴロソフケルは次のように述べている。  
 「ドストエフスキーは『純粋理性批判』のアンチノミーを知っていたばかりではなく、それを深く考察したのである。そればかりではない。ある程度それを睨みながら、小説の劇的な状況の中で自分の論証を展開したのだった」と。具体的には次のようになる。

 (T)・・・テーゼを体現する小説の主人公
 (A)・・・アンチテーゼを体現する小説の主人公

 (T)囚人もしくは理想主義者⇔(A)自己破滅と非存在の偉大な恐ろしい知的精神、誘惑者
 (T)ゾシマ⇔(A)大審問官
 (T)天使アリョーシャ、悔い改めた殺人者(ゾシマ長老の神秘な訪問者)⇔(A)イワン、彼の分身スメルジャコフ、
   彼の分身悪魔ラキーチン
 
 (T)・・・テーゼを示す言葉のシンボル
 (A)・・・アンチテーゼを示す言葉のシンボル

 (T)神秘⇔(A)秘密
 (T)頌歌(ホザナ)⇔(A)恥辱
 (T)歓喜⇔(A)批評(出来事に付随した)
 (T)感動的な喜び⇔(A)ベルナールの類、アメリカ
 (T)天使⇔(A)昆虫、南京虫
 (T)高潔⇔(A)傲慢
 (T)マドンナの理想⇔(A)ソドムの理想
 (T)ゾシマ(アリョーシャの甦った新しい人間)⇔(A)イワンの新しい人間(人神)

 (T)・・・テーゼを象徴する言葉
 (A)・・・アンチテーゼを象徴する言葉

 (T)不死⇔(A)自然必然性
 (T)自由⇔(A)空虚-無限
 (T)神⇔(A)絶滅

 むろんこのような分類は、ドストエフスキーにとって小説構成のためのプランとして、ゴロソフケルによって解釈された図式である。筋立ての上のプランではない。登場人物は、その生活の場で、このテーゼ・アンチテーゼのアンチノミーを、天秤棒の揺れそのものを、極度の心理的な緊張として、苦悩として、葛藤として、抗争として、嫌悪や憎しみ、絶望や歓喜、希望や愛として生きる他ないのである。ただその度合いによって様々な個性、登場人物の生きざまが描かれる。とくにイワンは、表向きはアンチテーゼの、神秘的にはテーゼの具象化であるように思われる。主人公たちの迫力に満ちた大立ち回りとヨーロッパ伝統の形而上学や神学をのべつに喋りまくる長広舌とが、異様なカラマーゾフの世界を、ひいてはドストエフスキーに独自の世界を創り上げている。
 それではカントの純粋理性のアンチノミーとはどのような形をとっているか。哲学史上すでによく知られている事柄であるが、ここで簡単にその内容をまとめて述べよう。

 1:(T)世界は時間において始元をもち、空間的にも限界をもっている。⇔(A)世界は時間的な始元も、空間的
   限界ももたない。世界は時間的にも空間的にも無限である。
 2:(T)世界においては、合成された実体は全て単純なる部分より成り立つ。個体(不可分者)は存在する。
   ⇔(A)個体(不可分者)は存在せず、全ては無限に分割できる。
 3:(T)自然法則に従う因果性の他に、自由に基づく因果性も想定しなければならない。
   ⇔(A)自由は存在せず、世界における一切は、単に自然法則に従って必然的に生起する。
 4:(T)端的に必然的な存在者(神)は存在する。⇔(A)端的に必然的な存在者(神)は存在しない。

 カントは、第一アンチノミーより第四アンチノミーまでの全体を説明する中で、純粋理性のアンチノミーという自己矛盾における理性の関心について次のように語っている。  
 (1)これらのはなはだ無味乾燥な四個の方式は、経験の一切の限界を越えて自分の領域を拡張しようとする理性の気負った輝かしい要求を含むこと。
 (2)哲学は、これらの方式を適用することと、どこまでも進んでいこうとする理性使用を拡張することによって、一種の尊厳を示す。それは、理性が経験の領域から始めて、かかる高貴な理念にまで高翔するからである。
 (3)もしこれらの問題に解答が与えられるならば、そのために、数学者は彼の学問全体を犠牲にしてもなお悔いないであろう。数学は、人類最高の関心事たるこれらの目的に関して、人類に決して満足を与えるものではないからである。
 ところではなはだ無味乾燥な方式ではなくて、しかも人類最高の関心事を直接表現する形でアンチノミーを言い換えるとどうなるであろうか。再びゴロソフケルの定式を借りて、言い換えれば次のようになる。

 テーゼ(独断論) アンチテーゼ(経験論)
 1:(T)世界は創造され、終末がある。⇔(A)世界は創造も終末もなく、永遠にして無限である。
 2:(T)不可分者、永遠不滅なもの、すなわち個体が存在する、個々人の霊魂(個霊)は不滅である。
  ⇔(A)個体は存在せず、全ては分割され破壊される。霊魂は不滅ではない。
 3:(T)人間の意志は自由である。
  ⇔(A)自由は存在せず、一切はそれ自身盲目的な自然必然性に委ねられている。
 4:(T)創造者たる神は存在する。⇔(A)創造者たる神は存在しない。

 テーゼはヨーロッパの伝統的な形而上学の問題に対して、これを肯定的に受け取っており、ひいてはキリスト教に基づく伝統的なヨーロッパの価値観の立場を是認するものである。「いずれも道徳および宗教の基礎をなすもの」であり、「通俗性の長所」を備えているとカントはいう。これに対して、アンチテーゼの主張する経験論は、通俗性を悉く失い「道徳と宗教とから、それぞれの力とその影響とを全て奪い去るように見える」。なぜなら、創造者も意志の自由もなく、我々の心が物質と同じように分割され破壊されるとしたら、「道徳的な理念と原則とは、その妥当性を全て失い、これらのものの理論的支柱をなすところの超越論的理念も共に没落する」からである。その関心はひたすら我々人間にとって可能な経験的領域のみに止まり、感性も創造力も決して具体的に示し得ないような対象(世界の始元、終末、不滅な魂など)に移行するなどということは許されない。「そしてただ可能的経験を支配する法則を用いて、堅実かつ明白な認識を限りなく拡張することが出来るだけである」。
 魂の不死や人間の自由を否定する非道徳的、非宗教的なアンチテーゼの主張、とくに第四アンチノミーのアンチテーゼ、すなわち必然的存在=神=創造者の存在をあからさまに否定する主張こそ、ドストエフスキーが『カラマーゾフの兄弟』の中で論争を挑んだ対立命題全ての象徴であった。当てこすりといい、レトリックといい、暗示といい、弁証法的な詭弁といい、ありとあらゆる手段を用いて、この戦いの中で、ドストエフスキーは、小説の数多くの章に見られたような天才的な悲劇と喜劇を創造したのである。
 『純粋理性批判』のアンチノミーと『カラマーゾフの兄弟』の根本思想を比較すれば、ドストエフスキーがいかに深くカントのアンチノミー論を味読したかは疑う余地がない。ドストエフスキーがニコライ一世のおこなった社会主義思想弾圧のため官憲に逮捕されて死刑の宣告を受け、死刑執行の朝、恩赦によってシベリアに流刑されたことはご存知であろう。1854年、シベリア流刑中の33歳のドストエフスキーは、この本のフランス語訳を送ってくれるよう兄ミハイルに依頼する手紙を書いている。
 世界の始元や神の存在をあれこれと証明する議論は論理的に見れば、我々が経験する現実世界の全ての物が、どのような意味で、天地創造の始まりや神の存在とつながり得るかを無限に思考し続ける道を人間に与えたと言える。自然科学、社会科学、歴史科学といったヨーロッパの近代科学を推進した認識論的エネルギーの源泉の一つは、我々が経験する一切の存在物を唯一の原理(それを神と呼ぼうと普遍的法則と呼ぼうと)に基づいて、首尾一貫して論理的に捉えようとする、途方もない、きわめて抽象的な、しかし永遠に持続する情熱であった。
 カントの論理のもつこのようなのっぴきならぬリアリティー(現実に働いている力、それを蒙る我々の経験の重み、実感)をドストエフスキーも共有していたし、その文学的表現が『カラマーゾフの兄弟』であったといえよう。神の存在を否定した第四アンチノミーの反措定は、ドストエフスキーにとっては、不倶戴天の敵である。「もし神が存在しなかったならば、全てが許される」という作中人物スメルジャコフの台詞は、神なきあと、自らを神と宣言する人間、すなわち人神の宣言を意味するし、テーゼとアンチテーゼの間の不断の動揺は、イワン・カラマーゾフを発狂させる。カントとドストエフスキーの間に命懸けの決闘が、人類の思想史における最も天才的決闘の一つが演じられるのである。
 カント自身の批判哲学の発展からみた場合、アンチノミーの発見とその解決への洞察が確立されたのは『純粋理性批判』が書き上げられる年よりずっと早く、1769年、カントに訪れた「大いなる光」の経験に始まる。後年(1798年)カントは、このことを自ら次のように証言している。「私の出発点は・・・、むしろ純粋理性の二律背反であった。これこそは私をして初めて独断的仮睡から目覚めさせ、理性そのものの批判に向かわせたのであり、かくして一見、理性の自己矛盾のように見える躓きの石をも除くことが出来たのである」と。そしてまた純粋理性のアンチノミーという極めて華々しい論述から『純粋理性批判』の記述を始めることが当初のカントの目論見でもあった。それによって「読者にこの抗争の根源の背後を研究しようという興味を惹き起こさせる」ためである。それゆえ、『純粋理性批判』の出版の後、この書のイントロダクションとして「生徒用ではなくて、将来の哲学教師の使用に供すること」を目的として書いた『プロレゴメナ』(1783年)の中で、カントは、次のように述べている。「それゆえ批判的な読者は、主としてこのアンチノミーの研究に没頭していただきたい」と。自然そのものが、理性をして自分自身の大胆な僭越に驚かせ、自分自身を吟味せざるを得なくさせるために、このアンチノミーを設定したのではないか、とさえカントは考えている。理性の自己吟味をするために、アンチノミーほどふさわしい課題はないのである。
 それではカントはどのようにしてこのアンチノミーの難問を解決し、躓きの石を除去したか。これまで述べて来た大袈裟な仰々しいと感じられたかもしれない前置きに比べて、答えはある意味では常識的な解決である。否、カントによって初めて、この解決法が我々の常識になった、と言った方が正確かも知れない。テーゼとアンチテーゼと、それぞれ論じられる存在の領域が異なるのであり、アンチノミーは、その混同に基づく仮象だ、というのがカントの結論である。アンチノミーは論理的な矛盾ですらないのである。それはこういうことである。
 テーゼの主張する命題は、我々の道徳的な実践の領域に妥当する認識である。これに対しアンチテーゼの主張は、科学的(自然科学)な経験の世界、その理論認識の世界に妥当する命題である。
 世界を理論的な科学研究の対象として扱う場合、世界は、それ自身の相を示しているのではなく、世界が我々人間に共通な主観に対して現れて来る、つまり間主観的な現象という性格をもった経験的世界なのである。この世界に、それ自体として存在している世界の始元、終末、限界を求めることは不可能である。また現象として世界の全ての対象が連続体を形成しているということは、その分割が無限に継続できるということである。したがって、それ以上分割できない不可分者、すなわち個体も存在しない。この世界には神は存在しない。
 自由は道徳法則の存在根拠である。ということは、自由が存在しないとしたら、我々は道徳法則を我々自身の内に見出すことは出来ない、ということである。霊魂不滅、自由、神の存在は、科学的認識の対象のように、その存在を実験によって確かめたり、経験的世界の中に知覚することは出来ない。道徳法則は、自然法則が存在するように客観的世界の中ですでに実現している法則ではない。自由なる意志によって実現すべき法則として、道徳的世界において存在する。我々が自由を認識し得るのは、道徳法則が自由に先立って、我々の実践理性において存在しているからである。その意味で道徳法則は自由の認識根拠である。
 存在の性格からみれば、自然科学の対象としての自然は、これを認識する人間的主観に現れる世界、つまり現象界であり、その意味で主観的世界である。
 知識の客観性とか普遍性を代表していると思われる近代科学、科学的であるということが学問の正当性の根拠であり、論敵をやっつける殺し文句となっている、そのような現代における科学の知の出生を洗えば、実のところ主観的なのだということは、いかにも言葉遊びのように思われるかもしれない。しかし、近代科学そのものが、17世紀の西ヨーロッパという特定の地域と時代に生まれて来た歴史的産物であること、そこに特定の歴史的諸条件に制約された知の諸前提を含んでいること、科学といえども広い意味での人間の振る舞いの一つであり、そこに特殊な、すなわち極めてヨーロッパ的な視点から(ここに人間的主観が介入する)自然を捉えた抽象の産物であるということを考えねばならない。だとすれば、客観的科学が常に自然そのものを捉えているという素朴な実在論は科学主義のドグマとして批判されねばならないであろう。
 このような批判こそカントの批判哲学を根本において突き動かしていた動因なのである。コペルニクス、ケプラー、ガリレイなどの天文学において、またニュートンのいわゆる古典物理学(ニュートンの主著『自然哲学の数学的原理』が出版されたのは、『純粋理性批判』が世に出るほぼ100年前、1687年である)によって、古代世界およびキリスト教的中世を支配していた宇宙論の体系は崩壊し、それとは全く異なった新しい自然像に直面した時、この自然科学的世界像が人間存在に対して持つ意味を改めて問わねばならない。これがカントに課せられた時代の要請だったのである。そしてこの客観的自然科学に絶対的実在性を認めるならば、そのような理性は、必然的にアンチノミーに陥る、というのがカントの問題提起だったのである。そしてその解決は次のようになる。「物が我々に与えられる前に、我々はかかる物を表象し、また表象が物自体としての物に従うのではなく、却って対象が現象として、我々の表象に従うように規定すれば、この矛盾は解決する」と。繰り返すように、アンチノミーというのは、カントに依れば、現象の領域(客観的科学が成り立つ領域)と物自体の領域(それ自身ということが成り立つ領域、それは道徳的、宗教的な実践的世界において我々が他者や物に出会う世界である)とを分けることによって解決される。科学の認識は、いかに客観的、普遍的であろうとも、人間性の真実に触れることの出来ない限界をもっている、と言い換えてもよい。
 このような見解は、現代において、我々の常識になっている(いわゆる科学の進歩によってこの常識が揺らいでいる、と見るのはまた別個の問題である)。科学と宗教とを区別するという現代人の常識は、カントによって初めて人類の歴史の中に、明確な論理(カントはそれを単なる形式論理から区別して「超越論的論理学」と呼ぶ)をもって導入された区別なのである。そこにアンチノミーの問題提起とその解決という思想的ドラマが介在したのである。
 しかしカントにとって矛盾とかアンチノミーという概念は、いわゆる理論認識に関する限り、積極的意味を持たない。カントの考える本来の矛盾対立とは、分析的対当であって、アンチノミー的な対立、弁証論的対当と明確に区別されている。矛盾した陳述や述語づけが帰属する対象は、概念をもたない空虚な対象としての無、すなわち否定的無なのである。したがって矛盾律というのは、一切の分析的判断の最高原則として自己矛盾を含まないことだと言われる。結局のところ矛盾律が単なる分析判断に属するということは、カントにおいて、矛盾律が真理の必要条件ではあるが、真理の規定根拠にはならないということである。
 かくして、思惟とその対象との関係を含めて考察する論理学(アリストテレス以来の伝統的な形式論理学から区別された超越論的論理学)の最高原則、つまり分析判断から区別された一切の総合判断の最高原則は、全ての対象は、可能な経験において直観の多様が総合統一される必然的制約に属するという形をとる。そこからさらに直観の公理とか知覚の予料・・・等々、と呼ばれる諸原則が説かれるが、それらは決して矛盾律ではない。
 そして、これらの原則は経験的実在についての認識を可能にする原則であるから、むろんその中に、実在的対立を総合する認識も含まれている。それは『純粋理性批判』が書かれた時よりもずっと古く、1763年『負量を哲学に導入する試み』以来のカントの基本的な考え方である。論理的対立としての矛盾と実在的対立とを明確に分けること、つまり矛盾は存在の原理たり得ないという考え方である。負量と正量は矛盾しない。因果関係や相互作用の認識は、矛盾の総合ではなくして類推である。
 そもそもカントは、直観と概念という全く異質な源泉をもつ二つの心的な能力を総合することによって認識が成り立つと考えているが、それは矛盾の総合ではない。それゆえ、この議論を証明していく超越論的分析論、したがってまた、この分析論の正当性を間接的に証明するとカントが考えた超越論的弁証論を通して、無矛盾性ということがあらゆる可能的真理、あるいは経験的実在に関する真理の形式的前提をなす(必要条件である)、と言わなければならないであろう。
 それではヘーゲルはカントのアンチノミーをどのように考えたか。「近世において弁証法を復活させ、それにふさわしい地位を新しく与えたのはカントであった」とヘーゲルはカントの議論を高く評価している。アンチノミーの指摘は、悟性形而上学の硬直したドグマ論(ヘーゲルから見れば、カントの哲学も結局はこのドグマ論に加えられることになるのだが)を取り除き、「思惟の弁証法的運動に注意を向けた限りにおいては、哲学的認識の非常に重要な促進であった」と言わねばならない。
 しかしその解決法、つまり、現象と物自体とに認識の領域を分けるという先述したカントの解決に対して、ヘーゲルは甚だ不満足である。「カントが導き出す結論は、その諸規定が、こうした矛盾に陥るような世界の内容が自体的なもの(カントのいう物自体)ではあり得ず、現象にすぎないということである。すなわち矛盾は対象そのものの内にあるのではなく、認識する理性の内にあるにすぎない」というカントの解決法は、「この見地がどのように深いものにせよ、極めてつまらないものだ」と述べている。
 ヘーゲルにおいて、その弁証法の論理とは、それゆえ、単に思惟の法則に関する形式的な論理ではなく実在の論理である。そして矛盾こそ真理の源泉であり、論理の生命は矛盾にあると言われるのだから、実在のいたるところに矛盾を発見し、これを止揚していくところにヘーゲル哲学の真面目があると言わなければならない。したがってヘーゲルにおいては、「アンチノミーについて注意すべき最も重要なことは、アンチノミーは宇宙論からとられた四つの特殊な対象の内に見出されるだけでなく、むしろ、あらゆる対象の内に、あらゆる表象、概念、および理念の内に見出されるということである」。
 それではヘーゲルは矛盾という概念をどのように捉えたであろうか。 
 まず矛盾は、「現に存在している矛盾」といわれる。ヘーゲルにおいては、「或る一定の存在者」は次のように定義される。「現存在は、・・・存在と無との統一、そのうちでは存在および無の直接性が消滅し、関係によって両者の矛盾が消滅しているような、存在と無の統一・・・である」。「この<結果>は止揚された矛盾であるから、それは自己との単純な統一という形式の内にある」。
 例えば運動はこのような「現存在している矛盾」である。ゼノンのパラドックスの中の「飛んでいる矢は飛んでいない」を考えてみよう。このパラドックスをヘーゲルは積極的に認めるからこそ、ゼノンとは反対に、「飛んでいる矢」という紛う方なき現存在している運動を一つの現存在する矛盾として把握しなければならないのである。
 「或る物が運動するのは、ただそれが、この今の瞬間にここにあって他の瞬間にはかしこにあるというためではなく、同一の今の瞬間において、ここに存在すると共に、またここに存在しないことによるのであり、また一定のここにおいて、同時に在ると共に無いことによるのである。我々は、古代の弁証論者が運動について指摘したところの、色々の矛盾を認めねばならない。しかしそのことから、ゼノンが論ずるように、ゆえに運動は存在しないという帰結は生じない。却ってそこから運動は現存在する矛盾そのものであるという帰結が出て来るのである」。
 運動している物体は、それぞれの今において一定の位置を占めるということを、その今において運動していることと静止していること在ることと無いこととの同一だと考え、この明らかな矛盾のゆえに、運動は存在するとヘーゲルは考えている。
 しかしながら、運動する量の、あるいは、それぞれの今において変化する力の、現実的な無限小の存在を、限界として存在している点や線の現実的存在と同じような意味で認めるならば、運動の矛盾は厳密な意味における論理的矛盾と考える必要はないかもしれない。運動における矛盾はメタファーとしての意味しかもたなくなる。あるいは、論理的矛盾と弁証法的矛盾という矛盾に関する定義の問題だと言われるかもしれない。
 問題はむしろ、現実的無限小をどのように考えるかによって、矛盾の捉え方が分れてくる点にある。単なる位置のみをもつ点や延長している線と、線の極限としての点、面と面の境界としての線、あるいは、これらの点や線によって描かれる図形…は、それぞれ、タイプ、あるいはレベル、次元を異にする存在の重なりでもある。ヘーゲルの弁証法もまた、このレベルを異にする存在者の矛盾的総合に関わる論理であるように思われる。運動論における現実的無限小の存在について言えば、この概念を用いることによって、アリストテレス、ライプニッツ、カント、ベルグソン、B・ラッセル、そして今日の連続体に関する集合論的説明に至るまで、運動の実在が論理的矛盾を含まないものとして把握されてきた。けれども全く反対に、この概念の中にこそヘーゲルは、実在する矛盾が積極的に止揚されている姿を見るのである。「数学の光輝ある成功は、悟性が反対しているところの、あの無限小の規定を採用するところから生れた」ことをヘーゲルは知っていたのである。
 カントよりヘーゲルへの思想的展開の中で弁証法的矛盾の概念がどのように形成されたか。
 カント的なアンチノミーの意味に合致する古典的事例として、カントはゼノンの神に関するパラドックスを挙げている。神とはゼノンの場合世界に他ならない。「世界は有限でもなければ無限でもない」、「宇宙は自分の場所に永久に存在する(静止している)のでもなければ、また自分の場所を変じる(運動する)のでもない」という命題である。形式上矛盾しているように見えるこれらの命題は、いずれも偽である。それゆえ、同一の対象に関して、真であると共に偽である、肯定すると共に否定する、という分析的矛盾の定義は当てはまらない。かくしてこのゼノンのパラドックスも弁証論的対立の一つとみなされるのである。その理由をカントは次のように説明する。
 (1) もしも二つの互いに対立する判断が、共通して一つの不可能な条件(この場合には、世界全体の認識が可能である、という条件になるであろう)を前提する場合には、これらの判断は互に矛盾するにも拘らず、しかもこれらは決して本来の意味の矛盾(カントのいう分析的矛盾)ではないにも拘わらず、二つとも成立しない。この命題は二つとも偽である。
 (2) 二つとも偽である理由は、さらに、これら二つの命題のいずれもが、そのもとにおいてのみ妥当するために必要な唯一の条件が成立しないからである。その唯一の条件とは、この判断を真として成立させるために前提された対象の規定性、つまり対象は全て物自体ではなく現象であるという規定性である。この規定性を欠けば、世界はそれ自体、物自体として量的に規定されていると見なすことになる。だからこれらの命題は全て虚偽である。
 かくして、カントの場合、アンチノミーを解決するためには、繰り返し述べたように、人間の認識する対象が物自体ではなくして単なる現象にすぎないという条件が決定的な意味をもっている。物自体は、カント哲学において実際に存在している。しかしその存在証明は出来ない。不思議な話である。そして認識の始まりにおいて前提せざるを得ないけれども、いかなる認識の対象にもならない。これに対して現象とは我々人間の感性的直観との関係において規定されているものである。してみれば、人間にとって経験の対象が現象としていかに成り立つかという課題が、アンチノミーの解決に先だって答えられねばならない。この設問に答えたのが『純粋理性批判』の内容構成でいえば、「超越論的弁証論」に先行した「超越論的感性論」および「超越論的分析論」の作業であった。したがってまた弁証論におけるアンチノミーの解決は、分析論の作業が正当であったことの間接的証明と言われたのである。アンチノミーとは結局のところ人間理性の描く仮象にすぎない。それゆえ両者の主張(テーゼ・アンチテーゼ)の矛盾対当的抗争は単なる弁証論的対当へ一変するのである。
 カントのこのようなアンチノミーの解決に対するヘーゲルの批判はどこに向けられるのか。確かに物自体と現象との区別は一つの反省規定である。そしてこの反省規定に立つ限り、カントの論理学(それは形式論理から明確に区別される超越論的論理学である)といえども、矛盾、反対、小反対などの論理的対立を判定する立場に、つまり矛盾律の彼岸に立つことができよう。ではこの区別はいかにして可能か。それに対してカントは(ヘーゲルからみれば)まともに答えようとしない。そこをヘーゲルは鋭く突く。つまりカントへの批判は、物自体と現象との区別というカントの認識論が成り立つ大前提へ向けられたといってよい。感性論、分析論の作業は、この区別を前提した上での議論である。だからこのように批判したヘーゲルにおいて、この区別を説明する論理として、自らの弁証法を構想した理由の一つが指摘されるのである。弁証法とは、カント哲学との関係に限っていえば、物自体と現象との区別を明らかにする論理であり、その中心に矛盾の概念が置かれているのである。
 ところで、カント自身が、上述のように、アンチノミーのテーゼ、アンチテーゼのいずれもが、そのもとにおいてのみこれらの命題を真理として成立させるために前提された対象の規定性を欠いていることを指摘している。物自体は認識できないからである。
 矛と盾との故事にならって言えば次のようになる。(1) 矛と盾が矛盾するためには、同じ人によって売られていること、(2) それらが格闘のために用いる武器として共通の領域で出会わねばならないこと、(3) さらにその矛と盾とが格闘のためにふさわしい道具であること、過大に、あるいは過小に規定されても矛盾は成立しない。
 同じ人によって売られているという比喩は、この場合全て同じ人間の認識に関わるということである。この点についてのカントの自覚は徹底したものであった。それはヘーゲルへ受け継がれた肯定的遺産である(この点についての解釈はまちまちかもしれない)。
 対象への過大な規定によって、反対対当を(この場合には対立する命題は共に偽であることがあり得る)、矛盾対当と錯覚したところに、第一、第二アンチノミー(数学的アンチノミー)という仮象が生じる。対象への過小な規定によって、小反対対当を(この場合には対立する命題は共に真であることがあり得る)、矛盾とみなしたところに、第三、第四アンチノミー(力学的アンチノミー)という仮象が生じる。
 以上がカントのアンチノミー解決の手続きである。だから残された問題は、矛盾が成立するか、成立しないかを判定するために、そこに前提されている対象の規定性をどのように考えるか、である。対象に前提された規定性のことを、M・ヴォルフにならって反省論理学的基体と呼ぼう。どのような反省論理学的基体が我々の述語づけの根底にあるかによって、我々の判断する対象は、規定あるいは規定の欠如によってさえ、潜在的に規定されているのである。弁証論的対立がアンチノミーとして出現するとき、対象が暗々裡に物自体として規定されていたからだと指摘することによってカントがアンチノミーを解決したと称する時、対象にこの規定を与える反省論理学的基体、つまり判断に先立って前提された対象の規定性は何か、が問われるであろう。
 この区別を明らかにするための対象の反省規定性として、周知のように、ヘーゲルは、同一性、対立、矛盾を挙げる。そしてこれらの論理的関係を通して、対象を規定していく思惟の運動するプロセスを、ヘーゲルは独自の反省概念として展開するのである。物自体の前提から出発したカントに対して言えば、この前提を意識的な措定に代え、同時に、この措定がまた被措定であることを意識する意識、さらには理性、精神の歩みが、弁証法論理の本質論、根拠論、現象論・・・となる。
 結論のみを摘記すれば次のようになる。
 (1) 「このバラは機関車である」と「このバラは機関車でない」という命題は相互に矛盾する命題であろうか。なるほど形式的には矛盾しているが、内容的には無意味な命題である。なぜか。バラと機関車と(常識的に考えて)が出会う共通する領域を持っていないからである。そして「バラは機関車でない」という否定命題は、この場合、共通領域がないこと、共通領域の否定を意味している。それは単なる否定であるから、或る領域の確定ではなく、その限界のみを示す、不定な、その意味での無限判断である。
 不定的な無限、可能的無限という意味での無限判断をカントから学んだヘーゲルは、これを現実的無限へと思弁的に拡大し、矛盾し合うものの反省規定としてこの無限概念を置く。運動の矛盾を現実的な無限小の想定によって認識可能とした運動論と同じように、この矛盾の統一としての運動の実在を積極的に(つまり矛盾の論理、弁証法論理の現実化として)承認するのである。ヘーゲルの無限判断とは、全く共通性のない質的対立が媒介なしに相互に転換すること、カントに即していえば、物自体は現象である、現象は物自体である、という矛盾命題そのものとなる。
 (2) 物自体と現象というカント的な認識論の枠組みを、ヘーゲルは物の現存在と対自存在(自我)との二元論であると考えた。カントにおいて両者は区別されるだけでなく分離してしまっており、両者を否定的に媒介する根拠律や実在性の総体という概念は全て抜け落ちている。カントの哲学は意識(主観性)の立場に止まる外的反省にしか到達していない。
 カント的な反省概念は、18世紀哲学にひとしく見られた判断力の主観的活動にすぎない。これに対して対象の規定性としての反省(それは対象における同一性、対立、矛盾を形成する)は、また、思惟の客観的規定である。矛盾の概念はこのような反省規定の概念として理解されねばならない。物自体の前提もまたこのような反省による否定的媒介が本質的なものとなる。この本質と現実存在との、あるいは、この現実存在が特定の形をとった現象との関係は、根拠と根拠づけられたものとの関係として把握される。この把握が反省であり、根拠とは矛盾が止揚されて統一された結果である。それゆえカントのいう現象の全過程は、これを即自的な面からみれば、物自体そのものの全面的な展開ということになる。なぜなら、現存在は本質の絶対的な外化であり、本質はこの外化の彼岸に残存していないからである。
 (3) 矛盾する規定をもった対象はカントにおいては否定的無である。しかしながら、現存在している矛盾として、例えば運動や生命を考えた場合、あるいは実在する線や点を考えた場合、それらは相互に否定し反発し合うものの実在的な矛盾と、その矛盾の統一(解消)として理解されるであろう。
 二人の哲学者において目指された認識のテーマが具体的に何であったかを考えてみよう。カントは、理論認識(現象)と実践認識(物自体)の領域とを区別し分離した上で、この理論認識の対象として、ニュートンの自然科学によって代表される近代の物理学的自然、色も匂いもない死んだメカニカルな自然を対象一般の原型と考えていた。デカルト以来の思惟と延長の二元論である。生命の原理は抜け落ちている。これに対してヘーゲル哲学の出発点には、ドイツ・ロマン主義全体に共通する生命についての独自な経験と、それを概念的に把握し表現しようとする衝動があった。「生命の概念と無限の概念は同義である」、「思考は生命そのものを捉え表現するために、その習慣的な枠を吹き飛ばさねばならない」。
 生命の働きとは今日風にいえばマイナス・エントロピーである。エントロピーの増大という熱力学の第二法則に対抗しながら、自然的にはメタボリズムという、外界との客観的交互作用を繰り返しつつ、生きる(運動する)主体である。実験室におけるスタティックな対象を観察し認識する科学者のイメージをモデルとしたカントに対して、ヘーゲルは、初めから、物と他人とに囲まれた或る特定の環境、さらに歴史的社会の中に生きる主体を考えている。このような主体を把握すること、それがヘーゲルが自らの哲学に賦与した課題である。「真なるものを、実体としてばかりでなく、まさに主体として把握し表現すること」である。このような主体はまず生命として現れる。この生命とそれを否定的に越える理性や精神の働きの中に、ヘーゲルは矛盾とその解消との絶えざる運動を見出したといえよう。この運動の規定が自立的反省規定であり、この規定が矛盾なのである。「なぜなら、この自立性は、自己の他の規定を自己の中に含み、その点でまったく外的存在に対する関係を持たない点に成り立っているが、しかしまた同様に、直接的に自己自身であって自己の否定的な規定を自己から排斥する点に成り立つものでもあるからである」。
 アンチノミーは理性の自己矛盾だと言わねばならない。ヘーゲルにおいては、まさしくこの自己が、生命、意識、理性、精神という運動の主体として捉えられ、その運動の秘密、エネルギーの源泉が矛盾概念であった。もともと自己とは、この矛盾を介した否定的統一として存在するものだからである。共通の領域、同一のタイプ、レベルを共有する概念がそこに出会う限り、その真なる関係は同一律によって成り立つ。矛盾しないことがその真理の条件となる。その場合分析的矛盾は、専ら消極的規定として、概念相互の関係をコンシステントに保持するために用いられる。これに対して弁証法的矛盾とはヘーゲルのいう無限判断のことである。無限判断とは領域、タイプ、レベルを異にする概念を直接に結びつける判断として成り立つ。分析判断が水平方向に続いていく推論の中に成り立つのに対して、無限判断とそこに含まれている矛盾概念は垂直方向に延びていく思惟の運動だといえよう。
 カントのいわゆる三批判書を通して、それぞれの領域、あるいは領野(自然、道徳、有機体)の中でアンチノミーが持つ意味を考えてみよう。その場合、二元論的に厳密に区別され分離されたそれぞれの世界を、或る種の重なり、レベルという構造をもって描くことが可能となるのではないか。そしてアンチノミーは、それぞれのレベルあるいは領域の同一平面上(そこではアンチノミーを排除する無矛盾性という法則が有意味である)においてではなく、或る領域より異なった領域へと越えて行く、垂直方向の運動を媒介する概念として働くように思われる。このようにして、純粋直観の層(第一アンチノミー)、無機的物体や運動の実在する層(第二アンチノミー)、有機体の層(第三批判における目的論的判断力のアンチノミー)、道徳的世界の層(第三のアンチノミー)、宗教の世界(第四アンチノミー)といった存在の重なりが見えてくる。
 無論こうしたアンチノミー論は、カント解釈としては、その哲学の基本的枠組みや哲学史上のカントの位置を否定しなければ不可能である。ただ二元論(カント)より弁証法(ヘーゲル)へという哲学史上の思想の展開が、アンチノミーの思想的リアリティーをエネルギーとして、段階的に発展する様々な意識の諸形態を生み出しており、この形態を存在者の重なりとして捉えたいこと、アンチノミーの根が、この重なりを貫く理性の自己超越に根差していること、この超越の運動が人間理性に不可避な運命である限り、この自己超越は、現代の論理学や分析哲学においてもタイプ理論を巡る諸問題として反復されているということである。






























































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