スコットランド哲学、フランス哲学(唯物論、無神論)

 しかるにスコットランド学派にあっては以上とは別なものが開花したのであった。そして彼らこそはヒュームの最初の反対者であるが、他方ドイツ哲学において我々はカントの中に今一人のヒュームの反対者を認めねばならない。スコットランド学派には多数の哲学者たちが数えられる。いまやイギリスの哲学的思索はスコットランドのエジンバラとグラスゴーとに限られる観があり、そこに多数の教授たちが相ついで輩出したのであった。彼らがヒュームの懐疑論に対して主張したところのものは、宗教や道徳上の真理の内的な独立な源泉である。これはカントと一致するもので、カントもまた外的な知覚に対して内的な源泉を対置しているが、ただしそれはカントにあってはスコットランド学派におけるとは全く別の形式を持っている。彼らにあってはこの内的な独立の源泉は思惟や理性そのものではない。むしろこの内的な源泉から成立して来る内容は具体的な種類のもので、それはまた、自らのために経験の外的材料を必要とする。それは一面においては認識の源泉の外面性に対して、他面においては形而上学そのもの、即ちそれだけ切り離されて抽象的なものとなっている思想または推究に対して対立する通俗的な諸々の根本命題である。推究的悟性のこの側面は道徳や政治に適用されて来た。それはドイツやフランス、特にスコットランドの哲学者たちによって大いに発展を見た学問である。彼らは教養ある人間として道徳を考察し、諸々の道徳的義務を一つの原理の下にもたらすことを試みた。彼らの書物の中の多くがドイツ語に翻訳された。若干の道徳論は例えばキケロの義務論をも訳したガルヴェの手によって。そして彼らはキケロが生まれながらに植え付けられているという時と同じキケロ風の筆致で筆を執ったのであった。かくしてこのような道徳感情や平俗な人間悟性(良識)は夥しいスコットランド人、トマス・リードやビーティやオスワルトやその他の人々において一般に原理とされており、またこのような仕方で彼らはしばしば霊妙な言葉を語って来た。しかしそれと共に彼らにおいては思弁哲学は全く姿を消してしまうのである。これらスコットランド哲学者たちにおいて特に現れた動向は彼らがまた認識の原理を明確に示そうと試みたことがこれである。しかし全体として彼らの帰着するところはドイツにおいてもまた原理として捉えられたものに他ならない。即ち真理の根拠として彼らの立てたものはいわゆる健全な悟性、普遍的な人間悟性なのである。主要な形式は次のようであるが、各自それぞれに独自の曲折を示しているのはもとよりである。

 トマス・リード

 トマス・リードは1704年に生まれ、1796年グラスゴーの教授として歿した。彼は共通感覚(良識)の原理を立てた。彼は認識の原理の何たるかを攻究したが、それについての彼の考えは次のようである。「a 世には証明されないまた証明し得ない確実な根本原理がある。それは共通感覚が生み出したものであり、かつ共通感覚が直接決定しまた決定されたとして容認するところのものである」。従ってそれは直接知であり、その知の中にはこのようにして啓示宗教に対立する内的な独立な源泉が置かれてある。。「b これらの直接的諸真理は技巧的な学の支柱を必要とせず、またその批判に左右されない」。それは哲学的思索によって批判され得ないのである。「c 哲学自身が根差すのも直接的な自明な真理以外にない。このような真理に矛盾するものはそれだけで偽であり、矛盾し、笑うべきである」。このことは認識にも「d 倫理にも当てはまる。個人が全体の完成という欠ける処なき諸原理に従い、また自己自身のなすべきものと認めた義務に従って行動する時は、個人は道徳的に行動することになる」と。

 ジェームズ・ビーティ

 ジェームズ・ビーティは1735年に生まれエジンバラ及びアバディーンの倫理学の教授となり、1803年に歿した。彼もまた共通感を一切認識の源泉とする。「単純な人間悟性の持つ共通感覚は一切の倫理、一切の宗教および一切の確実性の源泉である。外部感覚の実証には共有感覚の保証が付け加えられねばならない。真理とは私の本性の素質が私に信ぜざるを得ざらしめるもののことである。信仰とは確実な真理の場合には確信のことであり、蓋然的真理の場合には賛同である。確実な真理は直観によって、蓋然的な真理は証明によって認識される」。全く疑う余地なきこのような確信が行為への根底だと言うのである。

 ジェームズ・オスワルド

 ジェームズ・オスワルドはスコットランドの僧侶であって、彼はこのような根本命題が事実として我々の中に見出されるという言い方をした。「神の実在は(彼に従えば)一切の推究と一切の疑惑とを単的に超え、かつ道徳的共通感覚に対して直接確実な単的な事実である」。それはドイツにおいてもその時代に原理として立てられたものに他ならない。即ち内的啓示、言い換えれば良心についての知、特に神とその存在についての知がこれである。

 ドゥガルド・ステュアト

以上の中に数えられるものには更にまたドゥガルド・ステュアト、エドワード・サーチ、ファーガソン、ハチスン等がある。彼らは多く道徳についての書を著した。経済学者アダム・スミスもまたこの意味において哲学者であり、彼らの中最も著名である。このスコットランド哲学は現在ドイツにおいて新しい哲学として紹介されている。それは一面において人間の中に、その意識の中に、およそ人間に妥当すべきものの源を求め、人間にとって価値を有すべきものの内在を求めるというこのような大きな長所を持った通俗哲学である。同時にその内容とするところのものは具体的内容であり、それはその限り本来の形而上学すなわち抽象的悟性規定の中に踏み迷うことに対する反発である。このスコットランド学派中、今もなお存命のドゥガルト・ステュアトはこの派の最後の人であるが、また最も重要ならざる人のようにも思われる。彼らすべての中には全体として反省の同一の基盤、同一の範囲がある。即ちア・プリオリな哲学を、しかも思弁的な仕方でなく求めることがこれである。その原理を一般的に言い現わせば健全なる人間悟性(良識)である。これに彼らは善意の傾向性や同情や道徳感覚等を付け加え、このようなものを根拠として極めて優秀な道徳書を著したのである。ところでそれは普遍的思想というものは一体ほぼどんなものであるかを或る程度の教養の段階に達するまでに知るために、またこれを歴史的に語り、実例を引証して説明するためにはなるほど充分すぎるでもあろう。しかしそれはただそれだけのことにすぎないのである。
 近代においてこのスコットランド哲学はフランスへと渡り、下院の現在の議長ロワィエ・コラール教授ならびにその門下であるジゥフロァはそれにならって意識の事実から出発して教養ある推究や経験を経て更に一歩進んだ発展を見せているのである。これに結びつくものにまたフランス人たちが観念学と呼ぶものがある。それは最も単純な思惟規定の枚挙であり分析である限り、抽象的形而上学に他ならない。それは弁証法的に取り扱われていず、むしろ我々の反省、我々の思想から材料が取られ、これに即してその中に含まれている規定が示されるのである。

 フランス哲学

 我々はフランス哲学へと移ろうと思う。フランス哲学の形而上学に対する関係は次のようである。即ち人間は形而上学者であっても自己自身に対しては門外漢に止るわけであるが、フランス哲学は政治・宗教・哲学に渉ってこの門外漢である地位を保つことを放棄してしまうのである。我々がここで言及せねばならないのは、教養に関しては特に重大な意義を持つ二種類の形態であるフランス哲学と啓蒙思潮とである。イギリス人において我々の眼に触れたのは、次のような観念論にすぎなかった。即ちただ一般に存在を対他的存在へ、言い換えれば知覚されることの中に移し変えるという形式的な行き方をとるものか、さもなくばこの知覚されてあることの自体がとりもなおさず本能や衝動や習慣等々、即ち盲目的な一定の力に他ならないこと、言い換えればそれ自身自然的事物として現れる自意識へと立ち帰ることになるものか、いずれかであった。前の第一の観念論にあっては、現象すること即ち感覚することの及ぶ範囲や、それが全く有限に止ること、同様にしてまた思想や一定の固定した概念等もそうであることなどは非哲学的意識における場合と少しも変わらない。ヒュームの懐疑論の場合にあっては一切の普遍者を習慣と本能の中に沈ませてしまう。換言すれば彼の懐疑論は現象世界のいっそう単純な概括に他ならないと言える。しかもこのいっそう単純なもの、この本能や衝動や力は同様にして自意識の没精神的な・動かざる・規定された現存在でもある。これに比していっそう溌溂とし、活動的で、機智(精神)に富んでいるものがフランス哲学に他ならない。或いはむしろフランス哲学は機智そのものであると言える。それは既存の表象や固定した思想の全領域に対して背を向け、一切の固定したものを破壊し、自己に純粋自由の意識を与える絶対的概念である。この観念論的活動の根底にある確信は、およそ在るもの・自体においてあるとされるものは全て自意識の存在であること、また善悪の概念も、権力や富の概念も(現実の自意識を支配する個々の存在)、また神や神の世界への関係、即ち神の世界支配についての信仰や、さらには神に対して自意識が負う義務などという固定した表象も、これら全ては自意識の外にあるとされる自体において存在する真理ではないということである。これら全ての諸形式、現実世界の実在的な自体や超感性的世界の自体などはかくてこの自己自身を意識する精神の中に自己を止揚してしまうのである。精神はこれらの諸表象をあるがままに妥当させこれを真と見なし自意識外に独立自由なものとして崇める信念などを真面目に拠り所とするのでなくて、機智(精神)に富んだ仕方でそれらの諸表象について語るのである。換言すれば自意識は自らの活動によって何かをまずそれから造る。しかもそれらの諸表象が直接それとして自己を与えるとは別のものを造って、そしてただ機智(精神)に富んだ態度のみが(まさにこの精神の自意識的形成と活動こそが)精神にとっては価値を持ちまた興味の的でもあると言うようにする。それは現実態における概念の持つ性格である。即ちこの一切を洞察し一切を概念的に把握する自意識にとって本来の存在たるものが、妥当性を持つことになるのである。
 さてこのような絶対的な概念的把握を行う自意識にとって本来の存在であるものはどのようなものであるかを見なければならない。まず第一にこの場合の概念は単に概念の否定的活動という風に固定されるから、積極的なもの・単一なもの或いはその意味での本来の存在はこの運動の外に逸れる。それには何らの区別、何らの内容も残されない。何となればあらゆる規定された内容は上の否定性の中で失われてしまうから。この空虚な存在は我々にとっては一般に純粋思惟、フランス人のいわゆる至高の存在である。或いは意識一般に対立して対象的に存在するものとして表象されると、それが物質に他ならない。かくて絶対者は物質として、空虚な対象性として規定される。そのように規定されるのは一切の内容や規定を破壊してただこの普遍者のみをその対象に持つ概念に依るからである。それはただ破砕的にのみ働き、この物質または純粋思惟または純粋実体性から再び自己を造りだすようなことのない概念である。我々はここに、純粋な概念的把握をする自意識の必然的結果としていわゆる唯物論と無神論とが憚るところなく登場して来るのを見るのである。一部はこの否定的な運動の中に、精神を自意識の彼岸にあるものとして考える一切の規定が崩壊し去る。とりわけ精神の一切の規定、従ってまたそれを精神と表明する規定、本質的には精神を自意識外に存在する自意識とするような信仰が精神について形造る一切の表象、一言にすれば一切の伝統的なもの、権威によって課せられたものが崩壊し去るのである。残るものはただ現前する現実的存在である。なぜなら自意識が自体として認めるものは、自意識である自己にとってあるもの、その中において自意識が自己を現実に自覚するもののみである。それは物質と活動的に自己を多に拡げかつ現実化するものとしてのそれ、即ち自然とである。現前するものにおいて私は自己の現実を意識する。従って当然の勢いとして自意識は自己自身を物質として、心を物質的として、表象を感官の外的印象に継いで起こる脳の内的器官内の運動および変化として見出すのである。従って思惟は物質の一つの在り方となる。ここに本来この対象全体の中に究極者としてスピノザ的な唯一実体が成就される。フランス唯物論は自然主義としてスピノザに対して平行する現象なのである。しかし我々はこの範疇をスピノザにおいても持ちかつ見出すにしても、それがここでは経験論から出発する悟性の抽象の結果として現れているのである。以上に対して啓蒙思潮の今一つの形式は、絶対者がかく自意識の彼岸のものとして立てられる時、それ自身について、即ちその自体については何ら認識されるところがないと言うことである。それは神なる空名を名乗るだけである。なぜなら神はいかに規定されるにせよ、これらの規定は全て的を外れてしまう。神は X 未知数に等しい。端的に知られざるものである。かく言ったからとて無神論ではない。なぜなら第一にそれは空虚な何ら言うところなき名ではあるが、なおそれを用いているからであり、第二にそれはまた自意識、義務等々の必然的関係を、絶対的意味で必然的なものとしてではないが、他者すなわち不可知者への関連上必然的なものとして(たとえ自己を個別者として止揚する以外に不可知者に対して何ら積極的な関係はないにもせよ)現わすからである。しかしそれは物質ではない。なぜならこの単純な空虚なものは自意識に対する存在ではないとして否定的に規定されているからである。とはいえそれはやはり同じことになる。なぜなら物質は普遍者であり対自的存在の止揚されたと考えられるものだからである。ところで上の不可知者への真の反省もこれと同様、それがまさに自意識に対してその否定者としてある。即ち物質、現実、現在としてあることである。それはこの私にとっての否定者であり、これこそその概念である。この場合、全く別ものと思われるような違いがどうして出来たかまた一方の側の言葉にならって彼らの考えているのは畢竟これだと言うことの出来ないような違いがどうして出来たかは、この最後の抽象の仕方の違いに基づくのである。
 さて今や概念は単にその否定的な形式で存在しているにすぎないので、従って積極的な広がりは依然概念を欠いたままである。それは物質的事象においてもまた道徳的事象においても等しく自然の形式、存在者の形式をとるのである。自然の認識は学的見地からは思弁的でない在り来たりの認識に止り、その本質上、それが哲学であるべき限りは一般論に終わり、「力や関係や多種多様の結合」等の言葉を以て廻るが、何ら規定されたものには到達しないのである。同様精神的事象においても精神の形而上学なるものは、いわゆる感覚や知覚等々と呼ばれる諸力を発生する特殊の組織に他ならないと言った性格のものである。それは現象や知覚を取り上げ、これについていろいろと理屈をこねるが、しかしその自体は或る一定の力でこそあれ、内部はそれ以上詳細に解らぬといった何ら人を納得させ得ない退屈な長談義である。道徳的側面の規定や認識も同じく人間をそのいわゆる自然的衝動に還元することを目指している。自体は自然性といった形式を持ち、この自然性は今や自愛や利己または善意の傾向性と呼ばれる。人は自然に従って生活すべきであるということが要望されるが、しかしこの自然は例えばルソーの自然状態のように一般的な口上書を述べる以上に進まない。表象の形而上学と呼ばれるものは、表象の起源を意識、それも個別的意識である限りの意識について呈示しようと努めるロックの経験論である。それは無意識的状態からしてこの世に生まれ出て感性的意識として学び取るといったものである。もし人が漠然と、水の根源、生成は如何にと問い、山からまたは雨から来ると答えるならば、これが上の哲学的思索の精神においての答えである。一言にすれば、ただ否定的なもののみ興味がある。そしてこのような積極的(実証的)なフランス哲学自身は問題とするに足りないのである。しかも上の否定的なものそれ自身も本来いずれかと言えばここで我々の関知するところでない教養の中に数えられるものであって、そして啓蒙思潮もまたその中に入るのである。むしろこの意味で重要なフランス哲学書において我々の驚嘆に値する事実は、存在に対し、信仰に対し、数千年来の権威の一切の力に対して概念が持つこのような驚くべき粘り強さと力である。自意識にとって遠いもの、自意識なくしても存在せんと欲し、自意識が自己自身をその中に見出さないこれら一切の既存のものに対する最も深い憤りの感情が持つこの性格こそは、一面において注目すべきものである。それは遥か遠い叡智界の全体と匹敵し、その壊滅を確信している理性の真理の確実性である。フランスの無神論、唯物論、自然主義は一切の偏見を打破し、宗教の中で慣習や習俗や与論や法律道徳的諸規定および市民的諸制度と結合されて積極的に成立しているものの没概念的な前提や妥当性を克服してしまったのである。放逸な表情たっぷりな言い回しではなくて健全なる良識や機知に富む真面目さを以て、それは法的秩序にある俗世的状態に対し、国制や司法や統治や政治的主権に対し、同様学芸に対して背を向けたのであった。
 しかしこの空虚な傾向に対する別の面は充実せるそれである。即ち他面において積極的なものは人間悟性のいわゆる直接自明な真理であって、この悟性は自己自らを見出すと言うこの真理と要求の他は何も含まず、この形式の中に立ち止まったままである。しかしその場合絶対者を現在的なものとし同時に思惟されたものとして、また絶対的統一として把握しようとする努力が生ずる。それは自然的事象においては目的概念、従って生命の概念の否認に向かい、精神的な事象においては、精神と自由の概念の否認と共に、遂には自己内において規定されることのない自然、感覚や機械制、利欲や利益の抽象物に到達するにすぎない努力である。それこそやがて我々がフランス哲学の積極的方向において摘抉(てきけつ)せざるを得ない点である。フランス人たちはなるほどその国家組織において抽象から出発するが、しかしそれは現実に対する否定者である普遍思想としてのそれである。イギリス人はこれと反対に具体的現実、形式付けられないその国制の建築から出発した。その点はその国の著作者たちもまた遂に普遍的原則の高みに上らなかったのと同様である。ルターがただ情念や感情において出発点としたもの(即ちその単純な根に気づかないために自らの何であるかを捉えるに到らないが、しかも既に普遍者自身であって、一切の内容はそのために自己を自己自身を持って充実する思想の中に消え去るといった精神の自由)、そのような普遍的規定と思想とはフランス人たちが樹立し、それによって固く譲らなかったものであった。それは普遍的根本命題、しかも個人の自己自身内における確信としてのそれに他ならないのである。自由は世界の全般的状勢となり、世界史と結合し、世界史の中に紀元を画する。それは精神の具体的自由、具体的普遍性であり、今やデカルトの抽象的形而上学に代わって立ち現れる具体者についての根本原理である。ドイツ人においては喧囂(けんごう)の声のみ高い。彼らは更にまたこれを説き明かさないと気が済まないが、しかしその場合彼らの将来するものは見るも憐れな有様であり、しかもそれは個々の場合に限られている。フランス人たちは普遍性の思惟から出発し、ドイツ人の良心の自由は、「一切を検べて最善を保て」と教える良心から出発するが、しかも両者は結局相会し、または同じ軌道を走るのである。ただフランス人は言わば良心を欠き、一切を直ちに片付け、体系的に一定の思想を固定するが(重農学派の体系がそれである)ドイツ人は背後を自由にしておいて、良心からして自分もまたすべきや否やを攻究する。フランス人は機智を以て、ドイツ人は悟性を以て思弁的概念と戦った。我々はフランス人において深い一切を含む哲学的要求を見出す。それはイギリス人やスコットランド人とは全く別な、またドイツ人とも別な、生気に満ちた要求、即ち一切の権威ともまた一切の抽象的形而上学とも全く独立した一切事物についての普遍的な具体的な見解である。その場合とられる方法は表象から、情念から発展せしめることこれである。それは常に全体を眼前においてこれを保持し、我が物としようと務める偉大な直観である。
 人間の胸裏から、自然的感情からとられた内容を具えたこの健全な人間悟性や健全な理性は今や様々な点において宗教的側面に矛先を向けた。しかも一方においてかつ取り敢えずはフランス哲学としてカトリック教に対して、即ち迷信や教会組織の桎梏に対して、他方においては枯渇した形態でドイツの啓蒙思潮として新教に対して(それが啓示や教会規定一般から受け取った内容を持つ限り)矛先を向けたのである。一つの方向は権威の形式一般に向かい、他の方向は内容に向かった。思惟のこの形式が内容を簡単に片づけることも可能であるのは、それが理性と解されるものではなくて、悟性と呼ばねばならないものであることによる。悟性にとっては思弁によってのみ捉えられ得るものの究極の根底に対して矛盾を摘抉することは容易だからである。かくして悟性はその尺度を宗教的内容にあて、これを無に等しいと宣言し、また同一の仕方で具体的哲学に対しても反対の行動をとる。ところで今宗教から多数の神学の中に極めて一般的に残ったものは唯一神論と呼ばれるもの、つまりは信仰一般である。これこそはまたモハメット教の中にも見出される同一の内容である。しかし宗教に矛先を向ける推究的悟性のこのような傾向にはまた唯物論や無神論や自然主義へと向かう方向も現れた。人は無神論という概念規定を事もなげに取り扱ってはならない。なぜなら人は神についての考えで他の人の持つ考えとかけ離れている人を宗教がないとか或いは無神論だとか非難するのが極めて普通だからである。しかしこの場合の実状は、この哲学が無神論に進んで、究極のもの・活動的なもの・働くものとして捉えられるものを物質・自然等々と規定してしまったということなのである。しかし若干のフランス人はその中に数えられない。例えばルソーである。彼の書「一副牧師の信仰告白」のようなものは全くドイツの神学者において見出され得る唯一神論を含んでいる。かくてフランスの形而上学は単にスピノザのみならず、またドイツのヴォルフ形而上学とも平行する現象となる。その他のフランス人たちは明白に自然主義へと進んだ。ここで「自然の体系」の著者とされるミラボーを特に挙げておかねばならない。
 かくて世人のフランス哲学と呼ぶもの、ヴォルテール、モンテスキュー、ルソー、ダランベール、ディドロ等に代表されるもの、次いで啓蒙思潮としてドイツに現れ、また無神論として厳禁されるものについて我々は三つの側面を分けることが出来る。第一に彼らの最も甚だしい悪評を惹起した否定的側面、第二に積極的側面、第三に哲学的、形而上学的側面がこれである。

 否定的方向

 全てに対してと同様、この否定的側面に対してもまたその権利が与えられねばならないのであるが、この側面の実体的な点とも言うべきものは、堕落の状態、いな一般的な完全な虚偽の状態、例えば枯渇した宗教の既成の事実(積極的なもの)に対して理性的本能のする攻撃に他ならないのである。現在の我々が宗教と呼んでいるものは、神についての固き信仰であり信念である。その場合そのような進行がキリスト教の教説に対する信仰であるか否かについては、多少の差はあれ度外視されている。しかし宗教的なものに対するこの時代の攻撃においては我々はこれとは全く別なものを考えねばならない。このような宗教の既成の積極的事実とするものは取りも直さず理性の否定するものである。権力や豪奢を競い、道徳は腐敗し、所有欲、名誉欲、淫蕩等に溺れつつもしかもなお畏敬を要求するといった宗教の状態、現世に存在するこのような矛盾は、もし我々がこれらの著作者たちの示す激昂の感情を理解しようとするならば、決して見失ってはならないものである。我々が眼にするのは、規制宗教が人間社会の紐帯である法的施設や国家権力等と共に落ち込んだ途方もない形式主義と死とである。従ってフランス哲学はまた国家に対しても叛旗を翻した。それは偏見や迷信、特に市民社会や宮廷の風習や政府官庁等の堕落を攻撃し、悪しきもの笑うべきもの恥ずべきものを捉えかつ述べ立て、全き偽善や不正な権力を世の哄笑軽侮および憎悪に容赦なくさらし、精神と心情とを駆ってこの世の偶像を冷眼視したり、これに対して衷心から激昂するに至らしめたのであった。古き諸制度はもはや自覚する自由と人間性の点で発展を遂げた感情の中には占めるべき場所を持たない。それらのものは普通は人間相互が抱く心情に基づき、意識の昏迷や自我没却に支柱を得ているのであるが、現在はもはやそれを打ち立てた精神にはふさわしくなくなった。しかし新たに生まれ出でた学的教養によって、理性に対しても神聖にして正しきものの如く通用できるつもりになってる。こういう形式主義を上述の哲学者たちは打倒してしまったのである。彼らの攻撃は半ばは推究的論理を以て、半ばは機智を以て半ばはまた健全なる良識を以て書かれたが、我々のいわゆる宗教とするものに対して向けられたのではなかった。それはむしろ手を触れられることなく、最も麗しい雄弁を以て推賞されたのであった。かくてこの側面は既に自己内において破壊されたものに対して破壊的に振る舞ったに過ぎないのであった。フランス人に対してその宗教攻撃と国家攻撃を非難するのは不当ではない。しかし人は彼らの挙げた効果を認めるためにはフランス国内における恐るべき社会状態、貧困や隷属の状態を一見せねばならないのである。今やかつて自らの奪い取りしものの奪い返されるのを目のあたりに見る偽善や偽信や虐政のやから、更にはまた愚かな人々は、彼らが宗教や国家や道徳を攻撃したというであろう。しかし如何なる宗教をであるか。ルターによって浄められたそれではなくて最も破廉恥な迷信や僧侶政治や愚昧や心情の堕落、特に公衆が悲惨な状態にあるにも拘わらず富の蕩尽や俗世の財物への耽溺を事とするそれである。如何なる国家をであるか。大臣やその妻妾や側近のものの行う最も盲目的な専制、従って数限りない小暴君やごろつきどもは国家の歳入を奪い人民の膏血を絞ることを神権と見なすに到るそれである。破廉恥、非道は到底信ずべからざるほどに進み、道徳はただ制度の堕落に迎合するにすぎなかった。我々が眼にするのは市民的政治的事象に関して個人が正当の権利を持たないことであり、同様にしてまた良心や思想に関しても法の行われざることに他ならないのである。
 政治面の実際に関してはこれらの著作者たちは少しも革命を考えていたわけではなく、単に改良を願い、かつ要求したにすぎなかったし、それも主として主観的な範囲に止った。即ち政府は弊害を除き、正しい人々を国務大臣に任命せよというにある。そしてこれに類する行き方こそは彼らが行われるべきものとして語った積極的なものであった。いわく、皇族たちには立派な教育が与えられるべきであり、君主は節倹であるべきである等々。フランス革命は梃でも動かぬ頑強な偏見によって、主として驕慢や完全な無思慮や物欲によって余儀なく惹き起こされたものであった。上述の哲学者たちはただ、かくあるべしという一般的な思想を持ち得たに過ぎないのであって、遂行の方法を示し得たのではなかった。具体的な形で施設や改良を命ずることは統治の任とするところであったろう。しかしこのことを当事者たちは理解しなかったのである。哲学者たちがこの慄然たる錯乱に対抗し主張したことは一般に人間が宗教に関してもまた法律に関してももはや門外漢であるべきはずはないということである。従って宗教社会においても教界組織、閉ざされた選び抜かれた多数の僧侶があり、また同様法の社会においても排他的な世襲階級や団体があって(法官階級もまた同様である)その中にこそ永遠な神的な真なる正なるものの認識が極限されて存在し、他の人々にはこれらの人々から命ぜられてあてがわれると言う風であってはならない。むしろ人間理性はそれに対して同意したり判断を下したりする権利を当然持つべきなのである。文化なき民を門外漢として取り扱うことは当然であろう。正に文化なき民こそは門外の人である。しかし思惟する人間を門外漢として取り扱うことは苛酷もこれに過ぐるものはない。この大きな人間の権利、主体的な自由や洞見や確信の権利を上述の人々は雄々しくもその偉大な天賦の才を以て熱血を傾け鉄火の精神や勇気を振るって闘い取ったのであった。即ち人間の自己自体である精神こそは人間が敬意を払うものの源泉である。このように彼らの中には抽象的思想に対する熱狂が示されるのである。しかるに我々ドイツ人は第一に毀損のものに対しては受動的であり、これを耐え忍んだ。第二にそれが覆滅せられた時も、我々は同じく受動的である。即ち他によってそれは転覆されたのであり、我々はそれを我々から取らせるに任せ、起こるがままにしておいたのである。
 フリードリッヒ二世さえドイツにおいてこの種の教養文化に味方するが、それは統治にあっては稀有の例である。フランスの宮廷の儀礼や楽劇、庭園や衣装はドイツに普及したが、哲学は未(いまだ)しの観があった。しかし才気や機智の形ではその多くがこの高貴な世界の中に入って来、多くの悪しきもの野卑なものを追い払ったのである。フリードリッヒ二世は、憂鬱な詩篇の中に育てられ、一日中それを二つまで暗唱するようなこともなく、粗野なヴォルフの形而上学や論理学も知らずに過ごし(ドイツではゲレェルトの外に何を彼は見出したであろうか)、今や宗教や国家の形式的で抽象的ではあるが偉大な原理を知り、彼の諸々の所轄事項においてはこれに従って統治した。彼の国民にはそれ以外に何らの要求も存在していなかった。何人も国会とか裁判の公開とかを要求しなかったから、人は彼がその改革者、革命者であるべきであったと望むこともあり得ない。彼は要求たりしものを導き入れた。即ち信教の自由や立法の制度、司法の改善、財政の緊縮等がこれである。彼の国家においては憐れむべきドイツ法からもはや一つの亡霊も残らなかったのである。彼は国家の目的を掲げ、これによって一切の特権、即ちドイツ人だけの特殊法やドイツ国家内での単なる成文法を一掃してしまった。もし現在偽信行為を敢えてする人々や偽れるドイツ主義を奉ずる人々が彼を攻撃し、かくも無限の影響を及ぼしたこの大きな姿を小さくし、虚栄または無道とさえ貶めようと欲するばらば、それは讒言であるに過ぎない。ドイツ主義であるべきものは正に理性主義であらねばならないからである。

 積極的側面

 この哲学的思索の肯定的内容は言うまでもなく充分根本的とまで言うわけには行かない。教示されたものの中にある主要規定は、スコットランド哲学や我々の場合におけるように、人間が自己の中に持っている根本的な正義感、例えば善意や社会的傾向を前提することで、それが発達するようにしなければならないと言うのである。知識一般と正義の積極的な源泉は人間理性の中に置かれ、未だ概念の形式の中にではないが人間の普遍意識である健全な人間悟性の中に置かれている。真理は人間の予め持っている見解であり、人間はその心の中に正義や人類愛の感情を具えており、宗教や信仰は強制される事柄でなく、功績や才能や徳こそ真の高貴な位である等々のことが限りなく重大であると言った普遍思想の形式で諸真理が表明されるのを見るのは、もとより驚くべきことである。主要観点、特にドイツ人においてのそれは、人間の本質規定は何であるかということであり、そしてそれを人は精神の自然性と解した。そしてもとより精神的なものを超えて我々はこの精神の自然性へと帰って行かねばならない。しかし精神の自然性というこの規定を見出すために更に立ち戻って行ったところのものは、知覚や観察や経験に他ならなかった。即ちかくかくの衝動が存在するという事実がこれである。それはなるほど我々自身内の諸規定ではあるが、しかし我々は未だこれをその必然性において認識したわけではなかった。このような衝動は元来自然的なものとされている。かくてそれはここではそれ自身内においては不確定なものであって、それが限定されるのは全体の一契機としてである他はない。認識に関しては極めて抽象的な思想が見出される(もとよりそれはいつも我々のそれと同程度のものであると共にまた我々のそれよりは機智に富んでいる)。それは内容上具体的であるべきでありかつ事実そうでもあったが、しかし極めて表面的に把握されたために、それから演繹されるべきものには時としてまた極めて不十分であることが示される。かくて事情は次のようである。自然は一全体であり、一切は法則により、種々の運動の集合や原因結果の連鎖等々によって規定される。事物の様々な特性や質料や結合によって生み出されないものはない。以上が幾巻もの書に充ち溢れる共通の口調である。
 それらの中に数えられるものに、上の全ての哲学者の中心であった一ドイツ人オルバック Hollbach (仏名ドルバック)男爵よってパリで書かれた主著、「自然の体系」がある。モンテスキュー、ダランベール、ルソーは暫時の間彼を囲む一団の中にいた。これらの人々は等しく既存のものに対して甚だしく激昂してはいたが、その他の点では相互に極めて相異していた。自然の体系は、それが一般の考え方の中を幾度となく繰り返し転々としている理由で人は直ちに退屈に感ずるであろう。それは溌溂さを欠き叙述の無味乾燥な点でフランス人の書物ではない。
 全自然界が究極のものである。「宇宙は物質と運動との測るべからざる集合」(デカルトにおけるように)、「原因結果の中断されざる連鎖以外の何物をも示さない。その原因中若干のものは直接我々の感官に触れるが、その他のものは我々が知覚する結果がその原因からあまりにも遠ざかっているために我々には知られない。上の物質の種々の特性、その多種多様の結合やそれから生ずる結果が我々にとっては本質を形作る。これらの本質の相違から種々の系統、類、体系が生じ、それが事物を包含するが、その総計全体が我々の自然と呼ぶものである」。それはあたかもアリストテレスがクセノファネスについて言っているところのものと同様である。即ち彼はかく全宇宙を観じた。言い換えれば存在を観じたのであると。一切はオルバックによれば運動であり、物質は自ら動く。即ち麦酒は醗酵し、情念は激情となって発動する。「自然現象の多様とその不断の生成消滅はただその物質の多様の中に根源を持っている」。異なれる結合、変化、異なれる配合によって別の物が生ずる。「物質は或いは相互に合一する傾向を持つが、しからざれば合一する力がない。これに物理学者は牽引と拒斥、共感と不共感、親和と関係とを、倫理学者は愛と憎、友情と敵意を基づける」。精神や非物体的なものは、運動すなわち空間内の物体関係の変化を拒む。

 ロビネ
 
今一つの主要な書物はロビネ Robinet の著した「更にいっそう危険な」、自然論である。その中を支配しているものは全く別の徹底を求めて已まぬ精神である。人はこの人の中に示される深い真摯な態度に心を捉えられることしばしばであろう。彼は次のように始める。「この世には一つの神がある。即ち我々が自然と呼ぶ全一体の諸現象の原因がそれである。しかし神とは何者であるか。我々はそれを知らない。また我々は如何なる事物の秩序の中に置かれていようとも、未来永劫それを知らないように定められている。我々はそれを完全には認識し得ない。そうすべき手段が常に我々に欠けているからである。我々は我々の寺院の戸口の上に昔アレオパゴスの祭官が神のために築かせた祭壇の上に読まれていたという言葉を、書こうと思えば書くことも出来よう。『不可知なる神に捧ぐ』と」。それは今日人の言う、有限から無限に到る途はないというのと同じである。「この宇宙内を支配する秩序が神の知恵の眼に見える型ではないのは、ちょうど我々の愚かさが神の叡智の写しでないのと同様である」。しかしこの第一原因である神はロビネによれば作用するもので、それが自然を生み出したのである。従って神にとって唯一可能の認識は自然認識である。「ただ唯一の原因のみ存在する。諸々の出来事の一つを他の中に言わば蒔き込んでそれが間違いなく思い通りに相次いで起こるようにする永遠の原因は、初め事物の無限の連鎖に触れた。この永続する印象によって生き生きとしながら、宇宙は動きかつ生みつづける。原因の統一から活動の統一が生じ、それは決してより多いこともより少ないことも許さぬように見える。この唯一の活動によって一切は起こる。人が自然を研究して以来、人は飛び離れた現象も孤立した真理も見出せなかった。なぜならそのようなものは決して存在しないしまた存在し得ないからである。全体はその部分の相互の相応によって保たれる」。自然の活動は、神が唯一者であるようにまたただ一つである。
 さて更に詳細にこの活動として捉えられるものは、萌芽が万物中に含まれているということである。到る所自ら生産する有機体がある。何物も個別ではなく、一切は結合され、関連し、調和裡にある。ロビネはここで植物や動物、金属や元素、空気、火、水等々を経て、それらについて、いかに生あるものの中に萌芽があるか、また金属はそれ自身組織体であるかを示そうと努める。「ポリプの例は最小の有機的部分も生命があるという事実を証する適例である。なぜならポリプは多くのポリプの集った群れであり、その一つ一つがそれと同様な真正のポリプだからである。同じ見地から生命体は生命体から、動物は小動物から、各一定の動物は同一種の小動物から、犬は小さい犬の胚種から、人間は人間の胚種から成り立つと言うことが証明される」。その証明のためロビネは「繰り返し」の説の中で「動物の精液は精虫で蠢いている」という事実を引いている。次いで彼は本来の生殖をそれぞれ両性の共同作業と結び付けることによって、各個体は内的にか、または外的な機関においても半男半女であることを主張する。鉱物について彼は言う。「人がそのような内的構造に当面する全ての鉱物は有機体と見なさざるを得ないのではなかろうか。鉱物もそれが発展して来る元である胚や種や芽を徹頭徹尾予想しているのである」。同様空気もその萌芽を有することになっている。それは水や火や等々で養われることによって初めて現実に現れるのである。「空気は原理としては単に空気の萌芽にすぎない。それが様々の程度で水や火で飽満すると、それは次第に成長の種々の状態を通過し、まず胎となり次いで完全な空気となる」。ロビネはそれ自体内で単純な形相・実体的形相・概念を萌芽と呼んだ。彼はこれを余りにも感性的なものの中に指摘しようと努めすぎるが、しかし彼は依然として自己内において具体的な原理から、形相それ自体から出発するのである。
 この世の害悪および善についても彼はまた語る。考察の結果は善と悪とは相互に平衡するということである。この平衡状態がこの世の美をなすのである。この世には優れたものの方がより多いと言うことを否定するために、彼は、我々が善の源とする一切のものは単に享楽や快適や満足の中にあるにすぎぬと言っている。しかしこれには欲求や欠乏や苦痛が先行し、それをなくすことが満足となるのである。以上は単に経験的に正しい思想であるのみならず、彼はまた、一切の活動はただ矛盾によると言ういっそう深い思想を仄かに暗示しているのである。































































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