ヘーゲルに学ぶ

アクセスカウンタ

zoom RSS ニーチェとヘーゲル(1)

<<   作成日時 : 2017/03/21 14:29   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

 「ヘーゲルからニーチェへ」これは言うまでもなくK・レーヴィットが19世紀ドイツ精神史を描くに際して付けた書物の標題である。そしてこの際、レーヴィットは「これらの諸研究は、現代の光芒の中で忘却された挿話的出来事の画期的意義を明らかにするために、ヘーゲルの完成とニーチェの新たな始元との間の決定的な転換期を示そうとするものである」と語っている。ここに見られる、ヘーゲルがカントに始まるドイツ観念論の哲学運動を完結することで、近代形而上学を完成させたとすれば、ニーチェはヨーロッパ形而上学の伝統を否定することで哲学に新たな始元を拓いたという認識は、今日でも広く見られる哲学史の一般的理解であると言ってよい。そして実際、ニーチェがヘーゲル哲学を目して、例えば「今世紀におけるドイツ的教養の危険な動揺や転回の内にあって、この哲学すなわちヘーゲル哲学の今の瞬間にまで流れ続けている巨大な影響によって危険の度を増さなかったものは何一つない、と私は信じる」とか、「ヘーゲルのゴシック建築風の意気天を衝くやり口、遅れて来た者のやり口。一種の理性を発展の内に持ち込む試み、私は、それとは反対の地点において、論理学自身の内になお一種の不合理や偶然を見て取る。最大の不合理にも拘らず、つまり全く理性なしで、いかにして人間へと登りつめるまでの発展が生じたかを認識しようと、私たちは努力している」と語るとき、そこに弁証法的な論理によって現実的なものの理性的な認識を目指すヘーゲル哲学を、生の根底に蔵されて沸騰する衝動的な創造力を否定して、横溢する生の流れを妨げ、これを固定するものであると批判するニーチェの姿を見出すことは容易であろう。この限り確かに我々は体系家ヘーゲルに対する警句家ニーチェ、過去を現在の内に揚棄するヘーゲルに対する未来を予言するニーチェ、概念の努力を語る論理家ヘーゲルとディオニュソス的生の信奉者ニーチェと、両者を対照的に捉えることができるのである。
 しかし、こうした対立にも拘わらず、我々は両者の間にまた親近感が潜んでいることにも注目しなければならない。このことは、例えば、ニーチェがゲーテやヘルダーリンを尊敬するとき、これはヘーゲルにおいても同様であり、ヘラクレイトスの評価、さらにそこに批判を込めながらもスピノザやカントなどに対する評価についても両者の姿勢は同じであることを思い浮かべるだけでも容易に察せられることであろう。両者は共にプラトン以来の二世界説を批判しているのであり、共に存在と生成、永遠と時間の和解に努めているのである。そして、実際、ニーチェがヘーゲルを「哲学的労働者」の「高貴な模範」であると語るとき、或いは「有名なドイツ人の中でヘーゲルほどエスプリを持った者はいなかったであろう」と語るとき、さらに「たった一人でもいいからヨーロッパにとって物の数に入る精神を君たちは挙げられるか?かつて君たちのゲーテ、君たちのヘーゲル、君たちのハインリッヒ・ハイネ、君たちのショーペンハウアーが物の数に入ったように。もはやドイツにはたった一人の哲学者もいない、ということは幾ら驚いてもきりがありません」と語るとき、そこにはニーチェの屈折したヘーゲル賛美を見て取ることが出来るのである。ニーチェは「ヘーゲルは一種の趣味だ。それは単にドイツ人の趣味であるだけでなく、ヨーロッパ人の趣味だ」と語っている。それは差し当たってはヘーゲルはニーチェの持ち合わせてはいない趣味の持ち主だということを意味するものであろう。しかし、我々はそこに自己の体内に流れる親の血に思わず驚愕しながら、これに反発する子にも似たニーチェのヘーゲルに対する思いを知るのである。そして小論は、このヘーゲルとニーチェとの距離の遠さとともに近さを両者の否定性の捉え方を通して確認しようとするものである。ヘーゲルの精神にせよ、ニーチェの力への意志にせよ、それが自己生成するものである限りで否定性を本質とすると言えるからである。

 ヘーゲルが『エンチュクロぺディー』第79節で論理的なものが具える三側面について語っていることはよく知られたことである。そこで抽象的側面が悟性的側面と呼ばれ、思弁的側面が肯定的理性的側面と呼ばれるのに対して、両側面を媒介する弁証法的側面が否定的理性的側面とも言われるところに端的に示されるように、否定或いは否定性は弁証法の論理に立つヘーゲル哲学にとって最内奥の核心をなす契機であると言ってよい。そして、それだけにヘーゲルが、様々な箇所で、様々な形態で否定或いは否定性について語るとき、これを一義的に語ることは必ずしも容易なことではない。しかし、その集約的な表現を、我々は『大論理学』の有論で規定態(質)における定有 Dasein についての注解の内に見出すことが出来よう。いま、この注解を導きにヘーゲルにおける否定或いは否定性について、その基本的な点を確認することにしよう。
 この注解において、ヘーゲルは「あらゆる規定は否定であるというスピノザの命題は限りなく重要なものである」と語っている。ここにヘーゲルの否定性の概念が決定的にスピノザ哲学の批判的自己同化を通して生まれたことが示されている。そのことはヘーゲルにおいて否定或いは否定性が言明形式における肯定に対する否定という形式論理学的なレベルのものではないことを意味している。なぜならスピノザが、この命題の必然的帰結として自分の立てた思惟と延長つまり思惟と存在という二規定を己の内に統一する唯一の実体を説かざるを得なかったように、ここで否定或いは否定性は実在性との関係に立つものだからである。しかも、実在性との関係と言えば、カントも否定性を質のカテゴリーにおいて実在性と対立するものとして取り扱っているが、しかしカントにおいてこれらのカテゴリーがあくまで経験的認識を成立させる主観の認識形式として主観的なものに止まる限り、ヘーゲルにおける否定性はこうしたカントにおける超越論的な意味での否定性とも異なるのである。ヘーゲルにとって、否定性は実在するものの実在性が質であり、定有である限りで、実在するものに内在して実在するものを実在するものたらしめている規定なのである。「規定態は肯定的に措定された否定である」と語られる所以である。
 しかし、ヘーゲルにおいて否定性は単にこの規定態一般の規定としての否定性に止まらない。一切の規定が否定であるのは、一切の有限的なもの、個別的なものが自立したものではなく、その根底に全体的なもの、自体的なものが存在していて、その自己否定として措定されたものにすぎないからである。そうであるならば、この全体的なもの、自体的なものが措定されるためには、この否定は更に否定されなければならない。ヘーゲルの弁証法が矛盾対立する二契機を矛盾対立するゆえに否定すると共に、両契機の妥当性のゆえにさらにこの否定を否定することで高次の場面において両者の総合統一を目指す所以である。この時、ヘーゲルの否定性を特色づけるものは、更にこの否定の否定としての否定の内に見出されなければならない。ヘーゲルは「スピノザ主義には、この否定の否定が欠けている」と言う。否定の否定はスピノザの命題に出発しながら、その批判的自己同化においてヘーゲルが自己のものにした彼独自の否定性なのである。「この場合に、第一の否定としての否定、すなわち否定一般としての否定と、否定の否定である第二の否定とは厳密に区別しなければならない。第二の否定は第一の否定が単に抽象的な否定性であるのに対して、具体的な、絶対的な否定性である」と語っている。ヘーゲルが「あらゆる哲学的理念と思弁的思惟一般との抽象的基礎」と語るものは、まさにこの否定性に他ならない。そして、この矛盾対立する規定の解消と移行の内に両者を統一する肯定的なものを把握するものが思弁としての肯定的理性となるのである。
 ところで、ここに否定から否定の否定を通して絶対的肯定に至る弁証法の運動が辿られたのであるが、この時我々は更にヘーゲルにおける否定ないし否定性を特色づけるものとして限定された否定の思想について語らねばならない。ヘーゲルは『大論理学』緒論の「論理学の一般概念」において次のように語っている。「私がこの論理学の体系の中で採ったところの方法が、というよりもむしろ、そこでこの体系そのものが採った方法が、その個々の点においてなお多くの完備と多くの徹底とを必要とするものであることは、私としても知らないわけではない。しかし、同時にこの方法が唯一の真実な方法であることを自認している。このことは、この方法がその対象や内容と何ら異なるものではないということだけを見ても自ずと分かることである。というのは、この内容を動かすところのものは内容それ自身であり、すなわち内容がそれ自身において持つところの弁証法だからである」。それならば、ここでヘーゲルが語る唯一の真実な方法とはいかなるものか。これが限定された否定に他ならない。この引用された言葉に先立ってヘーゲルは語っている。「そこで学的運動の方法を獲得するために必要な点は、次のような論理的命題を認識することである。すなわち、否定が同様にまた肯定的なものであるということ、あるいは自己矛盾的なものが零に、すなわち抽象的無に解消するのではなくて、本当はただその特殊的な内容の否定に解消するにすぎないものだということ、言い換えると、このような否定が全称的な否定ではなくて、元々解消するものであるような特定の事柄の否定であり、したがって特定の否定だということである。それゆえにまた、結果の中にはその結果を生んだ原因が本質的に含まれているということになる。これは本来の、一個の同語反復である。なぜなら、そうでなければそれは直接的なものであって、結果ではないだろうからである。それで、結果を生じるもの、すなわち否定は限定された否定であるから、否定は内容を持っている。この否定(否定の否定)は一つの新しい概念であるが、先行の概念よりは一段と高い、一段と豊富な概念である」。『精神の現象学』の序文においても、論弁的思惟と対比して概念的に把握する哲学的思惟の在り方を特色づけるに際して、ヘーゲルは次のように語っている。「概念的に把握する思惟においては、否定的なものは内容自身に帰属しており、しかも内容に内在的な運動と規定として見ても、また運動の全体として見ても肯定的なものである。結果として把握するならば、否定的なものはこの運動から出てくるところの、かくかくと限定せられた否定的なものであり、したがってまた或る肯定的な内容でもあるのである」。ヘーゲルにおいて否定は徹底的に内在的な否定として遂行されるのである。

 ヘーゲルが哲学の問題として否定ないし否定性について問題にするのはイエナ時代に入ってからである。その最初の表現を、我々は1801年の『差異論文』に見出すことができる。ヘーゲルは絶対者を認識する哲学的思惟の道具としての反省について論じ、そこで次のように語っているからである。「それだけで孤立した反省は対立し合うものを措定するものとして絶対者を廃棄してしまうものだろう。こうした反省は存在と制限の能力である。しかし、反省は理性としては絶対者への関係を持っている。そして反省は専らこの関係を通してのみ理性である。反省は一切の存在と制限されたものを絶対者に関係づける限りで、自己自身を否定し、一切の存在と制限されたものを否定する。しかし同時にこの絶対者との関係を通して制限されたものは存立するのである」。ここには、すでに理性と共に、否定の否定というヘーゲルの否定性の問題構制が示されているといってよい。そしてヘーゲルが「論理学と形而上学」の講義を「哲学への緒論としての論理学」と「本来的な哲学としての形而上学」として位置づけるとき、これは明らかに否定的理性と肯定的理性の区別に従ったものと言ってよい。実際、例えば1802年に発表した『信仰と知』においては、カントやフィヒテの哲学を形式的ないし否定的理性に止まるものであるとし、これに対して自己の立場を絶対的理性の立場に立つものと語っているのである。「第一の無限性は絶対的理性の無限性であるのに対して、純粋同一性ないし否定性の無限性は形式的あるいは否定的理性の無限性である」。そして『信仰と知』に続く『自然法論文』においては、国家に滅私奉公する否定性と個人の存立を許す国家の否定性を対比させて次のように語るのである。「無限性の否定性に対しては、人倫的総体性の形態と人倫的総体性の個体性とは対外的には個別性として規定され、そして個体性にとってこの運動は勇気として規定されるからして、他の側面が、すなわち対立の存立が直ちに結びつくことになる。前者も後者も無限性であるが、しかしそれは逆の関係においてである。第一の無限性は否定の否定であり、対立に対する対立であるが、第二の無限性は、規定態として、あるいは多様な実在性として存立する否定であり、対立自身である」。ここには、すでにはっきりと規定態としての否定性と否定の否定としての否定性の区別がはっきりと自覚されているのである。しかも、ここにはヘーゲルの否定性の概念が生い立った地盤が倫理的場面であることが示唆されているのである。
 若きヘーゲルが、神学を学ぶことに出発しながら、フランス革命に感激し、カント哲学の完成からドイツの政治革命を期待する時、ヘーゲルにおける否定あるいは否定性も、またキリスト教やカント哲学やドイツの歴史的現実との対立の中からヘーゲルが自己のものにしたものであった。1806年の夏学期、この時期はヘーゲルが懸命に『精神の現象学』の筆を走らせていた時期でもあるが、実在哲学講義において、ヘーゲルは次のように語っている。「神が自己自身を直観することが万有の永遠の創造であり、その中で各点はそれ自身相対的な総体性として固有の生存を得ている。このように実在的なものが相別れ、多様なものが措定されること、これが神の慈愛である。しかし、個別的なものはそれ自身個別的なものとして自己を廃棄し、そのことによって己の普遍性を顕す。こうした働きが直観の認識の働きであり、絶対的転換点であり、神の正義である」。ここに『エンチュクロぺディー』で「弁証法的なもの」について語る「先には悟性は神の慈愛の表象の内に含まれるものと見なされ得ることを語ったのであるが、今や同じく客観的な意味における弁証法について、その原理は神の威力の表象に相当することに注意を促すことが出来る」の言葉に通じるものを見出すことは容易であろう。あるいは、1800年前後、ヘーゲルは『ドイツ憲法論』を試みているが、その第二草稿序文において次のように記している。「制限されたものは、その内に潜むそれ自身の真理によって攻撃され、これとの矛盾にもたらされることは出来る。制限されたものでも、支配権を持っていたときには、特殊に対する特殊としての権力によって立っていたのではなく、普遍にその基礎を持っていたのであるが、この真理、すなわち制限されたものが己に要求していたこの権利がそれから奪い取られて、待望されている生活の方へと与えられなくてはならない」。現実を改革するのに、いたずらに理想を掲げて、その実現を目指すのは「特殊に対する特殊を以て」対抗することに他ならず、普遍性は変転する現実自身の中に見出さなければならない、とは恐怖政治に陥ったフランス革命からヘーゲルが学んだ教訓であった。そして、これはヘーゲルが『大論理学』第一版で否定性について語る「否定は制限と当為という二重の契機である」の認識がいかなる背景で生まれたものであるかをはっきりと示すものであろう。更に1801年、ヘーゲルはイエナ大学に就職するに際して、その教授資格取得に伴う討論に臨んで「批判哲学が立てる理性の要請の実質は、まさにこの哲学を破壊するものであり、スピノザ主義の原理である」というテーゼを提出している。カントは最高善の実現を神から期待したが、ヘーゲルはそこにカントの道徳的自律の思想と矛盾するものを感じた。そして、自律の思想と整合性を持ったものであるためには、カントの要請は、叡知的原因性とも言える自由はまた感性界にも働きかけることが出来るものであり、これによって自然因果性とも合一して、自己を現象界において実現し得るものであるという要請とならねばならないと考えた。要請の実質がスピノザ主義の原理であるというのは、理性が自由と因果性とを統合して自己を実現するものとなるとき、この理性は思惟と延長を共に属性とするスピノザの神の規定を追うものとなるからである。ところで、これによって理性は内的根拠から自己実現が約束されることになるが、スピノザの「一切の規定は否定である」が実体である神の前に一切の個別的なものが存立を失うことを帰結する限り、ヘーゲルにとっていかに自己実現する理性の前に個体としての主体性を確保するかが改めて問題とならざるを得ない。ヘーゲルにとって主体性なくして自由の意識は在り得なかったからである。そして、個体の主体性を確保しようとすれば、それは個体が一つの規定態である限りで負う否定性を個体自身が否定するところに見出されることになろう。「否定の否定」という表現が絶対人倫における自由の規定として登場するのも、こうした脈絡においてなのである。ここに、我々は否定の否定を通しての内在的超出というヘーゲルの否定性の生い立った地盤がヘーゲルの極めて倫理的な問題意識から生れたものであることを確認できるのである。ヘーゲル弁証法は論理である前に倫理であったのである。
 
 ニーチェ研究を見ると、ニーチェ哲学とヘーゲルの弁証法との関係については、両者の近親性を見出す立場とこれを全く否定する立場とに意見は両極に分かれている。ここでは前者の立場の代表としてW・カウフマンの意見を、そして後者の立場を代表するものとしてG・ドゥルーズの意見を見てみることにしよう。
 カウフマンは、ヘーゲルもニーチェも共に弁証法的一元論者であると言う。それはニーチェにおける力への意志が単に激情に駆られたディオニュソス的な意志であるに止まらず、力への意志という目標をもった意志として同時にアポロン的なものを内にした意志だからである。この意味では、ニーチェの力への意志は、対立するディオニュソス的なものとアポロン的なものとを結合させて悲劇を誕生せしめたヘラス的意志を母胎にしたものと言ってよいのである。そしてニーチェは『この人を見よ』で、若き日の著作『悲劇の誕生』を回顧して「この著作からはいやになるほどヘーゲルの臭いがする」と語っているのである。ここにヘーゲルとニーチェとの対比が可能になるが、カウフマンはこのニーチェの力への意志とヘーゲルの精神との近親性を、精神の運動を特色づける止揚とニーチェの語る力への意志の昇華の構造を分析することを通して確認するのである。ヘーゲルにおいて止揚が否定と保存と高次への移行という三つの操作を含むものであることは周知のところではあるが、ニーチェの昇華も、カウフマンによれば、これが可能であるのは「一切の変身を通して同一に止まる客観的な力として規定することが出来る根本的なである力への意志が存在するからであって、しかも、この本質的に客観的なものは、直接的に客観的なものは否定されて行くのに対してどこまでも保存されるエネルギーに他ならない。そして、高次への移行が、より強力な力を獲得することの内に成り立つのである」。もちろん、ここにヘーゲルにおける基本的力は力への意志ではなく、自由を目指す精神であり、このためにヘーゲルにおける止揚は概念の運動であるのに対して、ニーチェにおける昇華は心理的過程であるという相違を指摘することは容易である。しかし、カウフマンによれば、ヘーゲルにおける止揚もただ単なる心理的過程に止まるものではない。両者は何よりも世界の本質であり、したがって止揚も昇華も宇宙的原理と共存するものであり、本質的には宇宙的な過程であって、この点を顧慮すればヘーゲルとニーチェとの距離はさらに縮まるというのである。
 このカウフマンの解釈に対して、ドゥルーズはニーチェ哲学の「断固たる反弁証法的な性格」を主張する。そして「ヘーゲルとニーチェに妥協は不可能である」と断言するのである。そして彼はこのことを明確にするために、ヘーゲルにおける弁証法的否定とニーチェにおけるディオニュソス的肯定との間の決定的な差異を強調するのである。すなわちカウフマンはニーチェを一元論者と見るが、ドゥルーズはニーチェを徹底的な多元論者と見る。「あらゆる力は他の力と本質的に関係している。力の存在は複数的である。力を単数と考えるのは馬鹿げたことであろう。力とは支配であるが、しかしまた支配を蒙る対象でもある。距離をおいて働きかけ、働きかけられる複数の力。距離とはそれぞれの力に含まれた差異的な境位であり、この境位によってそれぞれの力は他の諸力に関わりをもつ。これがニーチェにおける自然哲学の原理である」。相互に相違した複数の諸力が位階秩序をなして実存しているのがニーチェにとっての根源的な事実であるというのである。この前提に出発して、ドゥルーズは思弁的な対立矛盾とは相違して、この差異は止揚されるものではなく、それぞれの力において肯定され、享受されるものだというのである。「否定、対立あるいは矛盾といった思弁的境位を、ニーチェは肯定と享受との対象である差異という実践的境位に置き換える」。力への意志とはドゥルーズによれば、この力と力との関係を規定し、力の質を産み出す「力の差異的な境位」を示すものに他ならないのである。もとより、ドゥルーズも、ニーチェにおいて真理が否定や破壊から生れ、この意味で否定や破壊が肯定の条件であることを否認してはいない。例えば、ニーチェは語る。「一切の真理が生まれるためには、善人どもに悪と呼ばれている一切のものが集まらなくてはならない。おお、私の兄弟たちよ、果たして君たちには、この真理に相応しいだけの悪意があるだろうか。向こう見ずな敢為、息の長い不信、残酷な否定、飽き飽きすること、生あるものの中に切って入ること、これらが集まるのは何と稀だろう!だが、こうした種子からして、真理は生み出されるのだ!」。あるいは「然りを言うことには否定だけでなくさらに破壊ということが条件になっている」。しかし、これらニーチェにおける否定と肯定とヘーゲル弁証法におけるそれとは似て非なるものであるというのである。すなわち、ニーチェにおける肯定は対立矛盾を否定するものとしてではなく、他の自己から己を区別する差異において自己を徹底的に肯定するものとしてある。それは自己自身を差異化するところにこそ自己の主体があるからである。だからニーチェにおける肯定は否定に相関するものではない。徹底的に肯定と語られるのもこのためである。ドゥルーズはニーチェの次の言葉を引用する。「存在の至高の星座よ、どんな祈りもあなたには届かず、どんな否定もあなたを汚すことはない。存在の永遠の肯定よ、私は永遠にあなたの肯定である」。それならば、なぜニーチェにおいて否定が肯定の前提として、あるいは帰結として語られるのか。それは否定と破壊を伴わない肯定は、存在するもの一切を肯定するものとして、ツァラトゥストラによればラクダかロバの態度であって、否定と破壊こそが創造者のしるしだからである。だからニーチェにおいて否定と破壊とは肯定する力としての否定であって、肯定を生みだす否定ではない。そこにドゥルーズは言う。「ニーチェは、一方では、いかなる否定も汚すことのないディオニュソス的肯定を告知する。他方では、彼は否を言うことを知らず、いかなる否定も含んでいないロバの肯定を非難する」。こうしたニーチェを、ドゥルーズは「質においても根拠においても否定は独立的な力としては何ら存在しない」という非弁証法的認識に立つものであるというのであり、これに対してニーチェの語るロバやラクダはヘーゲル主義の風刺だと解するのである。そこには同じ肯定とか否定といっても、力への意志からする価値転換があり、創造的か反動的か、その向かう方向と質において全く相違するというのである。

 ニーチェ哲学とヘーゲル哲学とは不倶戴天の間柄であるというドゥルーズの解釈に対しては、ニーチェのヘーゲル理解がヘーゲル自身の著作に基づくというよりヘーゲル学派の手になる第二次的な著作から得たものであるにも拘わらず、これらの説くところとヘーゲル自身の哲学とを区別もせずに、ニーチェのヘーゲル批判に追随しているという批判は免れないであろう。否、その前にドゥルーズのニーチェ解釈がどこまでニーチェ自身のテキストに忠実であるかどうかも問われるところであろう。ここで改めてヘーゲルの否定性を特色づける限定された否定という考え方を取り上げて見よう。これを取り上げるのは言うまでもない。ドゥルーズがヘーゲル弁証法は実在的な差異を抽象的な対立に置き換えることで、実在的な差異を無視するものだと批判し、そこにディオニュソス的肯定と弁証法的否定とは全く無縁なものだと語るとき、限定された否定は弁証法的否定の核心をなすものであり、しかもヘーゲルにおいて否定が決して抽象的なものではないことを示すものであると思うからである。改めて限定された否定を確認するために、ここでは『エンチュクロぺディー』82節を引用してみよう。「弁証法は肯定的な成果をもっている。それは弁証法が一定の内容を持つからであり、弁証法の成果が真実のところ決して空虚な抽象的な無ではなく、一定の諸規定の否定だからである。そして、この諸規定はまさに成果が直接的な無ではなく、成果であるがゆえに成果の中に含まれているのである」。ドゥルーズはニーチェが否定的なものに独立した力を認めなかったことを非弁証法的見識として称揚しているが、ここにはこうした見識が決して非弁証法的なものではなく、ニーチェに先立ってヘーゲル自身のものでもあり、ニーチェが称揚されるなら、同様にドゥルーズによってヘーゲルも称揚されてよいことが示されているのである。なぜならば、ここにヘーゲルにおいても否定は常に限定された否定として同時に限定された肯定であり、その逆でもあることが示されているからである。
 そしてニーチェにおける否定は、この限定された否定ではなかったのであろうか。もしそうではないならば、それこそニーチェにおける否定はヘーゲルをして言わしめれば空虚で抽象的な無を帰結するにすぎないものとなろう。しかし、ニーチェにおける否定も限定された否定なのである。ニーチェは『力への意志』のアフォリズム493において次のように語る。「真理とは、それが無ければ特定種の生物が生きることが出来ないかも知れないような種類の誤謬である。生にとっての価値が結局は決定的である」。これは一切の認識は力への意志からする世界解釈であるという、真理の遠近法的特質を語った言葉であるが、ここで注意すべきことは、この言葉でもってニーチェは決して一切の真理を誤謬だと否定し去っていないということである。少なくとも、ニーチェは、ここでの自分の認識は真理だと主張しているからである。そして、このことをニーチェも十分自覚していた。なぜなら、事実はない、存在するのは解釈だけだと語ったとき、それでもニーチェは次のように言葉を添えているからである。「これも一つの解釈にすぎぬとしたら、諸君はこれに異議を唱えることに存分の熱中ぶりを示すであろうか?そうなれば、いよいよもって結構なことだ」。ここに、ニーチェ自身は、自己を存分の熱中ぶりを示さない部類の人間に属さしめているように見えるのである。そして、これが意味する事態を明確にするためには、クレタの哲学者エピメ二デスが語ったという「クレタ人は皆嘘つきだ」という有名な嘘つきのパラドックスを取り上げて見ればよいだろう。このとき、エピメ二デスは嘘をついているのか、真実のことを語っているのか。いずれにせよ、エピメ二デスは嘘つきになるであろう。このとき、この言明が何か信用される真実を伝えるものとなるためには、語るエピメ二デス自身はクレタ人ではあるが、この言明の内容には含まれないという暗黙の前提が必要となろう。そこには論理的には何の自己矛盾もないからである。そして、このことを敷衍すれば、いかなる真理もあり得ないとか、いかなる究極的な基礎づけもあり得ないといった命題も、これが何かを意味するとしたら、それはこの命題が一定の文脈なり、状況なりにおいて理解される限りであるということになろう。全体を同時に掴むことが出来ず、一定の地平から判断せざるを得ず、しかもこの地平自身同時に視界に入ることがないとき、誰もそれ自身の内にそれ自身が含意されるような命題を立てることは出来ないからである。ニーチェがニヒリズムを告知するとき、それがプラトン以来、キリスト教を貫くヨーロッパ形而上学に対する否定として、この形而上学の伝統に関係する限り、ニーチェにおけるニヒリズム自身、限定された否定として、初めてニーチェによって語られ得るものになっていると言ってよいのである。
 そして、ヘーゲルが限定された否定をもって「唯一の真実の方法」と語ったとき、そこには同様の認識が控えていたと言ってよい。なぜなら、ヘーゲルがその理由として「このことは、この方法がその対象や内容と何ら異なるものではないということだけを見ても自ずとわかることである」と語るとき、ここには、いかなる対象や内容も一つの形式において肯定的に捉えられることは出来ず、この限り一つの内容なり対象なりは、それが一つの形式の内で捉えられたものである限り、常に否定される内容であり、否定される対象として捉えられなければならないという認識が控えているということが出来るからである。限定された否定は、このことを対象や内容について示すことで、これを動かす方法と言えるのである。ヘーゲルによれば、個々の判断は、その形式において、真理を表現することが出来ず、あるいは不向きなのであって、それは判断がそれだけでは「その形式において一面的であり、その限りで虚偽だからである」。判断は個別的なものを普遍的なものとして規定する。しかし「この純粋に論理的な内容のために肯定判断は真ではない。肯定判断は、その真理を否定判断の内に持つ」のである。ヘーゲルが「推論こそ観念論の原理である」と語り、真理をもって「全体の内に」存在するものと語るゆえんである。そして、このことは体系の内に含まれるものが一切ではなく、しかも体系が己の外に己の根拠をもつことが自己矛盾を意味する限り、体系がそれ自身偶然的なものに曝され、体系はそのつど閉じられながらも、また次の瞬間には開かれるべきものであることを示すものであろう。この意味で、ヘーゲルが自己の論理学を閉じるに際して、絶対的概念を人格性として捉え直していることは興味深いことである。「概念は単に心ではない。それは自立的で、したがって人格性を持つところの自由な主観的概念である。言い換えると、実践的な、即かつ対自的に規定された客観的な概念である。つまり、この実践的概念は人格として、透明でない、原子的な主観性である。しかし、それはまた排他的な個別性ではなく、それ自身普遍性であり、また認識であって、自分の他者の中で自分自身の客観性を対象として持つ。他の一切のものは誤謬である」。ここには、体系が間主体的関係に生きる人格性に裏付けられたものであって、この裏付けを離れては成立しないことが語られているのである。そこにヘーゲルの絶対精神とニーチェの自由の精神、あるいはヘーゲルの「始まりをもって終りとする円環」とニーチェの等しきものの永劫回帰などを近づけて解釈できる端緒を得るのであるが、こうした問題の論究は二人が語る「神は死せり」の言葉の持つ距離の遠さと近さの測定と共に他の機会に譲らざるを得ない。ただ、ここではニーチェによって告知された時代のニヒリズムはすでにドイツ観念論の問題でもあったこと、そしてヘーゲルもこの問題との苦闘の中で自己の哲学形成を遂行していること、そしてこのとき限定された否定という否定性こそ、一方では他の意見に対する開放性を保証しながら、他方、真理なくして生き得ない人間にとってニヒリズムの時代に生きる論理であると言えることを示唆しておきたい。「生は自ら、価値設定によってそれ自身の将来の可能性の条件を投企する。真理において存在の本質が顕わになる。つまり真理において、価値の設定と遠近法的なものの設定、つまり誤謬の定立が、生の条件として必然的であることが明らかになるのである。このように理解すれば、誤謬はもはや真理の対立概念ではなくして、ヘーゲルの場合と同様に、否定的なもの、生の歴史ならびに真理そのものの歴史における必然的な契機である」(ピピト『ニーチェ』)。
































月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
ニーチェとヘーゲル(1) ヘーゲルに学ぶ/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる